『Scars 上』-23
「だからって、負けるわけにはいかないのよ!」
まるで日本刀を抜刀するように。
バイクから木刀を引き抜くアスカ。
「おもしろい」
月に掛かった霞が晴れていく。
淡い月明かりに照らされていく少女は、木刀を構えたまま薄く笑った。
俺の前に、立ちふさがる二つの影。
「なんだ、この女」
「かわいい子を殴るのは趣味じゃねえんだけどな」
愚痴りながら、レイとユウジが俺の前に立ちふさがる。
「気を抜くなよ。ただの女じゃないぞ」
二人だけに聞こえるように、小さく呟く。
視線はアスカを見つめたまま。
「ふん、この俺がたかが女ごときに……」
余裕の表情を浮かべるレイ。
「イヤアアアアアア!」
アスカの裂帛の気合。
レイの言葉を遮って、アスカが弾丸のように爆ぜる。
「なに!」
何の迷いもない上段付き。
想像以上のスピードだった。
「がはっ!」
喉を押さえて、地面へと沈むレイ。
マジかよ。
自分の目が信じられない。
あのレイが。
「クソが!」
拳を振り上げるユウジ。
先ほどの突きの動作から立ち直れていないアスカ。
取った。
そう思った瞬間。
「……クッ」
苦悶の表情で、拳を止めるユウジ。
「馬鹿っ! 何躊躇してんだ!」
俺がそう叫んだ時。
「イアアアアアア!」
アスカの絶叫。
下から掬い上げるように。
アスカの木刀がユウジの顔面を凪ぐ。
「ぐあっ」
ぱっと、赤い花がユウジの顔面に咲いた。
ぼたぼたと潰れた鼻から流れる血を抑えて、後ずさるユウジ。
「セイッ!」
更に、その顔面を容赦ないアスカの上段蹴りが襲う。
高くスラリと舞い上げられた脚。
ひらひらと舞うスカート。
無残にも、ユウジは崩れ落ちていく。
……これは悪夢か。
「……はぁはぁ」
荒く息を吐くアスカが俺に振り向く。
「次はアンタの番よ」
ビュッと鋭い音を立てて、アスカは木刀を構えなおす。
彼我の距離は数メートル。
その顔にまとわりつく髪を払いのけて、アスカは俺を見据えた。
緊迫していく空気。
背後の部下達が駆け寄る気配を見せる。
「手を出すな!」
……。
自分の口から発せられたその言葉に、自分で驚いた。
手を出すな?
何を言ってるんだ、俺は。
レイとユウジがやられたとはいえ、まだ戦力差は明白なのに。
俺がやられたら、全て終わりなんだぞ。
「チッ」
それなのに、背筋を這い上がってくるものがある。
例えようのない高揚感。
どうしてしまったんだ、俺は。
「ふふっ」
対峙するアスカが小さく笑う。
……タイマンかよ。
アスカを見つめながら、ゆっくりと構えた。
それも、悪くないかもしれない。
「クソが」
そう思ってしまって、毒づいた。
俺とアスカを取り巻く空気。
それは徐々に高まっていき。
やがて、弾けた。