『Scars 上』-2
俺は、時が来るのを待った。
焦る必要はない。
あいつ等の行動パターンは何度も分析した。
レイが率いる別働隊が勝っていても、負けていても。
必ず最後は、あいつ等三年の精鋭部隊が出てくる。
三年で怖いのは、その精鋭部隊だけだ。
ガチャリと、扉の開く音がする。
闇に漏れる店内の明かり。
さっみーと言いながらゾロゾロ出てくる男達。
その中に三年の頭、鮫島京也の姿はない。
「出てきたぞ、息を潜めろ」
小声で、後ろに控える部下達に指示する。
総勢十名。
それぞれが手を口に当てて、呼吸音すら漏らさない。
鮫島自慢の精鋭たちは、俺たちに気づく素振りも見せずに道を小走りに駆けていく。
あの様子からすると、どうやらレイたちは押しているらしい。
「レイ、作戦通りだ。鮫島の取り巻きがそっちに向かった」
小さくなっていく三年生の精鋭たちの背中を睨みながら、レイに報告を入れる。
『――了解だ。正直、今そいつらに来られたら、ちょっとやばいな』
ここから校門まで、走って十分といったところか。
「大丈夫だ。それまでに勝負をつける。が、もしもの時は、ユウジを向かわせるから安心しろ」
念のために、後五分は待機する。
三年の精鋭連中が引き返せなくなるほど離れてからが勝負だ。
『――ああ、了解だ。決めてくれよ、リーダー』
「任せとけ」
目を閉じて、息を深く吸い込んだ。
鮫島の取り巻きが走り去った辺りは、静寂に包まれている。
扇を閉じたり開いたりするのを再開。
パタン、パタン。
心が凪いで行く。
闇に包まれた自動販売機の陰。
煌々とした光を放つ自動販売機のせいで、この場所は驚くほど目立たない。
わずかな月光すらも届くことのない闇の淀む場所。
そこに、十一匹の獣が息を潜めている。
ゆっくりと目を開いた。
「行くぞっ」
俺の声で背中に感じる部下の気配が勢いを増す。
地面を蹴った。
走る。
わずか五十メートルばかりの距離。
近づくバーの扉。
蹴破った。
露になる店内。
もうもうとしたタバコの煙。
薄暗い照明。
奥のソファーに、女の肩を抱いた鮫島の姿が見える。
取り巻きはわずか二人。
全員、驚愕の表情を浮かべている。
「鮫島ァー!」
叫んだ。
「み、水瀬!」
鮫島を守るように、立ち上がる二人の取り巻き。
金属バットを持った俺の部下が殴り倒す。
悲鳴をあげて倒れた取り巻きに、数人の部下が群がる。
女と孤立する鮫島。
真っ青な顔に脂汗を浮かべている。
「チェックメイトだ」
そう呟いて、俺は鮫島を思い切りぶっ飛ばした。
テーブルの上に並べてあった酒瓶やグラスを撒き散らして。
鮫島が派手に吹っ飛んでいく。
女が悲鳴を上げて逃げ出そうとするのを部下に捕まえさせた。
「レイ、俺だ」
ヘッドセットに手を当てて、レイを呼ぶ。
『――はぁはぁ、イオリか?』
息の荒いレイの声を聞きながら、扇を広げた。
「策は成った。最後の仕上げをする。ケータイを公衆モードに切り替えろ」
『わかった――。おい、お前等のボスからだってよ!』
遠ざかっていくレイの声を聞きながら、ケータイに繋いだヘッドセットのプラグを抜いた。
「鮫島、仕上げだ」
蹲る鮫島の頭に足を置く。
「水瀬、テメエ、俺にこんな真似してただで済むと思ってんのかっ」
潰れた鼻を押さえて、凄む鮫島。
「咆えるなよ。見苦しいぜ」
鮫島の腕を部下が抑える。
「何すんだ、ヤメロ!」
抵抗する鮫島。
そんな鮫島を見下ろすように、鉄パイプを構えた部下が立ちふさがる。