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『Scars 上』
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『Scars 上』-3

「……おい、マジかよ、やめろよ!」
急に大人しくなる鮫島。
とても桜花学園の頭とは思えない。
「鮫島サン、たった一言でいいんだ。桜花学園、俺にくれよ」
「なっ! ふざけっ――」
ブンッ。
振り下ろされる鉄パイプ。
「ぎゃあああああああ!」
めきっといい音がした。
骨の折れる音。
おかしな方向に曲がった腕を押さえて鮫島がのた打ち回る。
涙まで流して。
「まだもう一本腕あるな、鮫島サン」
寒かった外とは違って、妙な熱気の篭る店内。
拡げた扇で顔を扇ぐ。
「どうする、鮫島?」
部下が俺のケータイを鮫島の口元に当てる。
「ゆ、ゆずる」
「声が小さいなあ」
部下が鮫島の残った片腕を抑える。
「ゆ、譲るから! 今からお前が桜花の頭だ!」
脂汗を浮かべた鮫島が叫んだ。
「ぷっ」
その言葉を聞いた時、堪え切れなくて吹き出した。
「くははははは」
腹の底からこみ上げてくる暗い笑み。
「よく言った、鮫島。特別に優しくしてやるよ、おい!」
力なく倒れる鮫島を部下が取り囲む。
「水瀬! テメエ!」
呻くような鮫島の怒声が、部下の罵声にかき消されていく。
聞こえてくる多数の音。
靴底が肉を蹴飛ばす音。
怒号。罵声。悲鳴。
わずかに見えていた鮫島の手が、ピクリとも動かなる。
部下から渡されたケータイを耳に当てた。
「聞いたか、レイ。俺の勝ちだ」
『――ああ。こっちもカタがつきそうだ。抵抗する奴らはほとんどいない』
「そうか。最後に三年共に、ボコボコになった鮫島の姿でも拝ませてやるか」
校門前で、鮫島を晒してやる。
それで、俺に逆らおうとする奴らはいなくなるだろう。
この俺、水瀬伊織に。
「行くぞ。そっちの女も連れて来い」
ピクリとも動かない鮫島と、ガタガタと震えるやたら化粧の濃い女を連れて、店を出る。

夜道の行軍。
策が見事に決まると気分が良い。
敵の大将を捕虜にして。
かつて戦国の武将達が感じた凱旋とはこういうものか。
自分が昂ぶっているのが分かる。
足取りも軽やかで。
暑くもないのに拡げた扇を優雅に扇いだ。
見上げれば、青い三日月。
春ももう終わりだというのに、夜はまだ冷える。
「やりましたね、水瀬さん!」
緊張が解けたからか、部下達も年相応にはしゃいでいる。
「ああ、お前達もよくやってくれた。これで明日から三年に大きな顔されなくて済むぞ」
それどころか、俺たち一年が三年を顎で使うことになる。
そんな高校が他にあるだろうか。
「まったく……」
誰に言うでもなく、そう言って笑みを浮かべてしまう。
なんて楽しんだ。
スポーツ? ゲーム? マンガ?
こんなに楽しくて熱いことが他にあるか?
感じるんだ。
生きてるって。
俺は、ここにいるって。
「だから、喧嘩はやめられない」
邪悪なもので胸が満たされながら、俺は呟いた。
自己陶酔にも似た恍惚を感じながら。


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