【イムラヴァ:第一部】三章:春は幾度もめぐり来る-8
それから、いくども春は巡った。春が巡るたびに、鷲は鐘突塔に巣を作った。
その羽ばたきに心躍らせた少年は、やがて青年になった。
幼い耳で聞いたうわさ話は、記憶の中でおとぎ話になり、幼心に紡いだおとぎ話は、思い出されることもなくなり、心の片隅に追いやられた。輝かんばかりの友情は、静かだが力強い絆に変わった。
そして、さらに四年の後。天光暦1336年、トネリコの月。
その夜、アランは自分の部屋で窓の外を見ていた。一本だけのろうそくの明かりが、部屋の中を控えめに照らしている。森は夜の闇に沈み、時折、風に揺らされた木々の軋みや轟き、ざわめきが聞こえていた。
――もうすぐだ。
城を去らねばならない日が近づいている。そのことを思わない日は無い。
波の立った水面のように、かすかに歪な窓ガラスに移った自分の顔を見た。金に近い、明るい榛色の瞳が見返している。眦を縁取る睫は長く豊かで、つり上がった凛々しい眉は、その表情を時に大胆に、不敵に彩る。控えめな鼻の下の唇は、年を追うごとにたっぷりとし、官能的ですらある。折に触れ頬にさす薔薇色は、若々しさの象徴だ。
アランは、机の引き出しにしまっておいた、小さな絵を取り出した。屋根裏部屋でウィリアムと一緒にこれを見つけた時は、額の下に書かれた名が誰のものなのかわからなかった。しかし、今ならわかる。アランは、美しい女性の肖像を手に取り、その輪郭を指でそっとなぞった。
「アデレード……」アデレード・グワルフ。鳥籠の中の王に嫁ぎ、鳥かごの中で一生を終えた、エレンの最期の王妃だ。
頑固そうな癖毛、眉の形、顔の輪郭や、挑戦的な唇。そして、何よりもその目。アランとそっくりな目が、額の中から見返していた。
アランは窓辺から数歩下がった。大きな窓に、その全身が映る。筋肉質で、引き締まったその体にも、隠しきれない兆候が現れてきていた。さらしを巻いた布の下のふくらみや、なだらかな腰の曲線。自身と、領主だけが知るこの秘密は、もうまもなく皆の前に露呈しようとしていた。そして、隠された出自も。アランは、肖像を注意深く引き出しに戻した。
――ここを立ち去らねばならない。
アラン・ルウェレンが、何者であるかがばれる前に。
トネリコの月が終われば、榛の木の月がやってくる。そうすれば、暦の上でもすっかり春となる。また、同年代の友人と、森に狩りに出たり出来ると思うと、心は浮き立った。それでも、夏が終わるまでには、友人達と別れねばならない。育った城を、村を捨てて、どこか遠くへ行くのだ。あの塔で卵を産んだ鷲が、かつてここから巣立っていったように。
「あの卵が孵って、雛が巣立ったら……私もここを出て行こう」
彼女はつぶやいて、それまでの間はこの平和な時間を満喫しようと心に決めた。友の声一つ、風のにおい一つ、窓から見える景色の一つたりとも、忘れることがないように深く心に刻もうと。