海螢(芙美子の場合)-9
狂おしいほどタツオさんを求めたかった。欲しくて、欲しくてたまらない芙美子の体の中に、
あとからあとから渇望の汁が溢れてくる。
突然、母の影とウミホタルの幻影が交錯しながら頭の中を浮遊している。ウミホタルの青白い光
に包まれた母の裸体が芙美子のからだにのりうつったように、陰部の細胞が独りでに烈しい疼き
を繰り返す。
…縛って…縛って欲しいわ…
一瞬、驚いたようにタツオさんは、芙美子を見つめる。
やはりそうだった。耳朶を甘く唇に含まれることが母は好きだったに違いない。だからタツオさ
んは芙美子の耳朶を甘く噛んだのだ…。そしてタツオさんの臀部にあった特徴ある三つのホクロ。
あのとき見た男は、やはりタツオさんなのだ。
タツオさんとのそんな関係を求めたのは、母に違いない…芙美子はそう思った。
瞼の裏に浮かんでくる深海の中で、光に包まれた母の体が溶け始めた。ウミホタルの青白い光だ
けが夜空に散りばめられた星座のように連なる。そのはかなげな瞬きが、潤み始めた瞳の中に
残像のように飛び込んでくる。
ウミホタルの寂寞とした沈黙の光が消え入るように渦を巻き、炎を孕み発光しながら激しく舞う。
まるで母の肉体を喰い尽くしたウミホタルが、一気に燦爛と光彩を放ちながら、溶解し、哀しみ
に尽き果てるように消えていく…。
母がウミホタルを見たのは、あの事故のときなのだ。
抱きしめられたタツオさんの腕の中で、なぜか芙美子は止めどもなく涙が溢れてきた。
ホテルの窓の外は、いつのまにか闇に包まれ、夜空と地平線の境界に、散りばめられた星が、
ほんのりと煌めいていた。そして窓台に置かれた花瓶には、病床の母に送られてきたあの赤い
幾本もの薔薇があった…。
…フミコ…この前の見合いの話、オレの後輩だけど会わないのか… 兄が芙美子の携帯に電話を
してきた。
…ごめんなさい…お兄ちゃん…ほんとうは、好きな人がいるの…