【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-10
「相変わらずの大馬鹿もんだ。落ちでもしたらどうする?」
「だって、落ちなかったもの」
老人はくっくっと笑いながら首を振った。雌馬が落ち着いたので、イアンは二人を外へ出した。鷲か何かの卵だろう、というのが老イアンの見立てだった。二人はそれを聞いてさらに興奮した。小鳥やカラスなんかじゃない、鷲だって!二人はあれから、あの本の挿絵に合わせて沢山の物語をでっち上げて楽しんできたが、その中で鷲は、王様の鳥と言う地位におさまっていた。鷲は二人にとって英雄の鳥なのだ。
「捕まえれば、狩りを仕込むことが出来るかもしれんな」と彼は言った。「わしの知り合いに、腕のいい鷹匠がいる。そいつに聞いてやろうか」
「本当?」ウィリアムは小躍りしそうなくらい喜んだが、アランは首を振った。
「いや、親鳥と一緒に、森にいた方がいいとおもう」
「でも、森には怖い怪物が居るんだって、ホブが言ってた」諦めきれずに、ウィリアムは食い下がった。エレンを死の島に変えた怪物が、アルバの西岸のあたりに出没していると言う話を聞いたのだ。滅多に上陸はしないが、海岸まで広がるこの森に、怪物が潜んでいないとは言いきれない。それでも、こういう根拠のない事についての言い争いに発展した時に、ウィリアムの主張が通ったことはない。
「ホブがお前をかついだんだよ。僕だって、そんな怪物が居ればちょっとはびびっちまうだろうと思うけど――」
「びびってるなんて言って無いじゃないか!」
「もし居たとしても」アランが有無を言わせぬ表情でウィリアムを見た。「鷲を食ったりしないよ」
「どうしてわかるんだよ」言われて初めて、アランは何か考えるような表情をした。
「ぼくにもわかんないよ。だって、鷲は王様の鳥なんだぞ、多分だけど」いらだたしげに言う。「とにかく、知ってるんだ」
長い間一緒にいて、ウィリアムはアランについて多くのことを知った。彼にはどうしても手を触れることが出来ない黒い箱があることにも気づいていた。それは、アラン自身にすら触れられない場所にある。その箱は時折、アランとその周りの人間に、この少年はは異質な者だと気づかせる。ウィリアムは幾度となくその瞬間を味わい、幾度となく傷ついてきた。しかし、そのことを知って一番傷つくのはアラン自身だということも、彼は知っていた。
「じゃあ、しょうがない」ウィリアムはアランの焦燥に気づかぬふりをした。「遠くから見るだけ。それならいいでしょ?」
アランは、そんな優しさに気づいたのか、輝かんばかりの微笑みを彼に向けた。