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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-9

 春が、大気の中にあふれていた。春の輝きは、雨と風と寒さに追い立てられ、人と一緒に城の中のじめじめした暗がりに追いやられていた。しかしようやく、気むずかしげな曇天はコルデンを去り、穏やかな春、そして輝かしい夏へと季節は移ろうとしている。緑は輝き、みずみずしい草のにおい。目に映るもの、触れるもの、嗅ぐものすべてに春があった。

「イアン!」

二人が息を切らしながら厩に飛び込むと、神経質な雌馬が1頭、驚いていなないた。老人は、厩の隅に置かれたスツールに座って、同じく厩の隅に置かれた机に向かっていたが、二人の子供に素早く振り向いた。イアンの飼い犬、カレンが二人の友人の来訪にしっぽを振って駆け寄った。

「ここででっけえ声を出すなと、何度言ったら……」

怒った顔が真っ赤になった。真っ白な頭髪とひげが鮮やかな対照をなして、雪と炎のようだ。イアンは、強風に耐える柳のような体つきをした老人だ。背は高いが、腕も足もか細く、今にも折れてしまうのではと思ってしまう。しかし、その四肢にはものすごい力が宿っているのだ。近くで見れば、質のよい筋肉がなめらかに動く様がわかるだろう。つい先日も、乳牛の出産を手伝ったほどだ。それも逆子だったので、牛の子宮に手を差し込んで仔牛を回転させなければならなかった。大変な重労働だが、彼の柳の腕はそれにも耐え、痛々しい痣を作るだけで持ちこたえた。しかも、その痣でさえすでに薄くなっている。

「ごめん。でも、すっごい発見をしたんだ、僕たち!」カレンを撫でまくりながらアランが言う。

「発見だと?」雌馬を優しくなだめながらも、老イアンは器用に厳しい声で聞いた。「どうせ、畑の庭でイタチの死骸を見つけたんだろうが。ウジの行進を辿ったか?」

領主から絶大な信頼を得ている彼は、その息子や少年たちにも教師のように接する。二人はこの老人からいろんなことを教わっていた。たとえば、動物の死骸にわいたウジ虫は、必ず南の方向に伸びる列を作るとか、切り傷には蜂蜜を塗るといい、とか。今までに、その法則に則って、幾つもの死骸を見つけては、イアンに報告をしていた。

「ちがうよ、巣を見つけたんだ。鳥の巣だよ」

「森で?」イアンは違うとわかっていながら質問しているようだった。

「えーっと……」

二人は返事に詰まった。しかし、老イアンは、屋根の上に上ったからと言って、それをいちいち誰かに告げ口するような人間ではない。アランは正直に言った。

「その、鐘突塔の上で」

すると、老人の目がきらりと光った。

「お前達、この城で従騎士になって何年になる?」

「二年だよ」アランは胸を張った。

従騎士とは、見習い騎士のことである。領地に住む家臣の家の子供は領主の内に奉公に出される。騎士としての教育や訓練を受けるためだ。しかし、すぐに騎士になれるわけではない。まずは小姓として、給仕や家事といった簡単な仕事を覚えなくてはならない。家柄や血筋に関係なく、誰もが下働き同然に働き、下働き同然の扱いを受ける。それから、十歳になるとようやく騎士になるための訓練が行われる。が、彼らの仕事は減るどころかさらに増える。小姓の時にこなした仕事に加え、馬具の整備や馬の世話、武具の管理などもしなくてはならないのだ。そうした仕事の合間に、地道な体力作りと、模造剣での素振りをこなすのだ。一人前の騎士になれるのは、十代後半か、あるいは二十代になってから。この二人は、ようやく従騎士に任ぜられた。にもかかわらず、子供らしい振る舞いはちっとも改まっていなかった。ついこの間も、ためにため込んだスモモの種を〈雹〉と称して年長の従騎士にぶちまけた。屋根の上から降り注いだ何十もの種は、すばらしい効果と恐ろしい仕置きをもたらした。イアンの記憶では、彼らはその時、もう二度と屋根には上らないと領主に誓ったはずだったのだが。鞭で打たれた尻の痛みがひくやいなや、彼らはまた同じ事をしている。とは言え、彼も若い頃の領主を知っている。しかつめらしい顔をして彼らに罰を言い渡すヴァーナムの心中にどんな気持ちがあったかを、イアンは知っていた。悪びれない笑顔の二人を見て、老人はとうとう渋面を崩した。


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