いけないあそび-8
四、誤解と和解
「……見つけた」
灰田は、虚ろな瞳で息を荒げる志久野を見下ろしながら言った。
志久野はというと、乱れたその胸元もそのままにちらりと一瞬だけ灰田を見やっただけだ。
ホームルームが終わった後も、さっさと席を立って教室を出て行った志久野。そんな彼の後を灰田は追った。
迷うことなく旧校舎の書庫へ向かう志久野を追いながら、灰田は妙な胸騒ぎを覚えていた。
『もしかして、あいつ』
予感は的中だった。
書庫の一番の奥。例の上級生が志久野を待ち構えていた。
こっそりと本と本の間からその様子を覗く灰田。彼等の会話は聞こえなかったが、時折会話に交じる「黙れ」だとか「厭だ」などという言葉は聞き取れた。それだけで、二人が何やら揉めていることは分かる。
しかしそんな口論も上級生からの口付けをきっかけに収まり、二人は縺れ合い、その場に倒れ込んだ。
押し倒される志久野の表情は見えない。
ベルトを外す忙しない音と、上級生の苛立ったような顔だけが、灰田の耳と目に入ってくる。
『あ……』
その声は、灰田の心をざわめかせた。
『やっ……、んな……いきなり』
くちゃくちゃと粘ついた水音。
熱を帯びた声。
この前の時と同じ。
灰田は耳を塞ぎ、静かに書庫から出て行った。
ぞくりと背筋を這う、妙な感覚。それが悪寒ばかりではないことは、灰田の股間が示していた。
『……んで……なんで、勃ってんだ』
愕然として灰田は呟いていた。
それから20分もしないうちに上級生が書庫から出てきたのを見計らい、灰田は入れ替わるようにして、おそらくまだ残っている筈の志久野の元へ向かったのだった。
「見つけた」
呟くように言う灰田を見やった志久野は気だるそうに身を起こした。
「何、ヒデ。今度はお前がかくれんぼの鬼って?」
疲れたよう笑い、志久野は言った。
「見つかっちまったからには仕方ねーわな」
そうして志久野は灰田の腕を掴むと、強い力でその身体を引き寄せ、冷たい床に押し倒した。
「それじゃ、今度は俺が鬼」
「ふざけんな」
笑う志久野の頬を叩いて吐き捨てた灰田は、志久野に圧し掛かれたまま制服の襟を掴んだ。
「てめーは……てめーは何なんだ」
灰田の声は微かに震えている。それが何によって震えているのか、志久野にも、灰田自身にも分からなかった。
「苛つくぜ。俺の身体を弄り回しておいて、ことが済んだら何もなかったような済ました顔しやがって……他の奴と寝てんだからな」
怒りに任せて吐き出した言葉は、灰田自身の心を苦しめた。
(何だ、これは。まるで俺があの男に――)
「妬いてんの? 先輩に」
笑う志久野にかっとなって、灰田は再び彼の頬を叩こうとするが、今度は阻まれた。
灰田の手首を掴んだ志久野は、妖しい瞳でその目を見つめる。
「俺が、一回ヤッたらお前につきまとうのを止めるって言ったの、覚えてる?」
志久野の言葉に灰田が唇を噛んだ。
「……覚えてる。だから、もうお前が俺に構ってこないってのも分かってる。だけど、俺は」
苦しげに歪められた顔は、その事実を認めたくないせいだ。
「てめーの声とか、感触が忘れられねぇんだよ」
それでも事実を認めて吐き出した言葉に、灰田は悔しくて恥ずかしくてならなかった。
硬く目を瞑りそっぽを向く灰田の頬に、志久野の手が触れる。