バレンタインデー-2
『慎吾君、バレンタインよ!』
真夜中、無理矢理叩き起こされたんだ。
何の前置きもなくパッと蛍光灯が部屋中を照らす。つむぎは眩しがる俺に見向きもしないで小さな鍋やらコンロの準備を始め、数分後チョコレートフォンデュセットが完成した。
寝ぼけ眼の中で食べさせられた甘ったるいチョコレートまみれの果物地獄。思い出しただけで食道がムカムカする。
その後グロッキーになった俺を見てさすがに夜中はマズいと思ったのか、それ以来非常識な時間帯のサプライズは無くなった。
その前の年…、初めてのバレンタインはあいつなりの探りだったんだろう。バレンタイン当日、ありとあらゆるチョコレートを大量に買い込んで現れた。
『慎吾君の好みが分からなくて…』
その時は初めてのバレンタインだったし、俺の好みを知ろうとする気持ちが嬉しくて、素直に喜べた。
思えば一年目は平和だったよなぁ…
ミルクチョコレートよりビターチョコレートが好きで、チョコレートだけのものよりアーモンドやクランチが入ってる方が好き。
俺の好みを覚えたつむぎはすぐに分厚い手帳にメモをとり、
『来年期待して』
と、笑った。それが一年後の悪巧み…、サプライズに繋がるとは夢にも思わず。
そうか、チョコレートだけが嫌だと知ったからチョコレートフォンデュ。
あいつなりに経験を生かしてるんだ…
ならいい加減"普通でいい"という俺の気持ちを汲み取ってもらえんだろうか。
『♪♪♪♪』
ポケットの中で携帯が軽快な着メロを奏でた。
つむぎだ。
良かった、やっと帰れる…
『夕方まで帰って来ないで』
鬼!
「暇なんだけど」
『図書館にでも行ったら?』
「寝転びてぇよ」
『漫画喫茶にでも行ったら?』
「お前は俺を可哀相に思わんのか!」
『その分喜びは大きくなるから!じゃ、準備できたら電話するね』
「おいっ!つむぎ――」
『ツーツー…』
俺に選択する権利はない。
しかし、準備って何だ?
まさか全身にチョコレート塗りたくってんじゃねぇだろうな…
否定し切れない嫌な予感を、首を振って無理矢理払拭した丁度その時。
「もしかして慎吾君?」
見知らぬ男に声をかけられた。
年は同じくらい、ハンバーガーセットの乗ったトレイを持って俺の返事を待っている。