バレンタインデー-4
*
「…何で、母もいるのよ?」
私は顎鬚を生やしたお洒落なお兄さんに髪の毛を巧みにブローされながら、隣で厚い婦人向け雑誌を読み耽り、同じくドライヤーでごうごうと風を受けている母に尋ねた。
「だって、ここ私のいきつけなんだもの」
雑誌から顔も上げず、すまして言う。
めろめろ作戦、決行の当日である。
「寿美礼さんに、こんな大きなお嬢さんがいるなんて信じられないなあ」
私を担当してくれたお兄さんがお愛想を言う。
隣で「ぅおっほっほー」と雄叫びのように高らかに母が笑った。
…ゴリラか。
調子に乗ってしまったよー。
と思いながらも母の協力に感謝する。
鏡の中に映っているのは、いつもとは少し違う自分。
肩下まで伸びた髪の毛は綺麗にブローされて、毛先はゆるくカールしている。
頭にはリボンのついたカチューシャ。
お化粧も少しだけしてもらって。
ほんのり紅いグロスが唇の上でつるりと光っている。
てろんとしたシャンパンゴールドのワンピースは高い位置で切り返していて、胸から下は黒色。
足元は足首にストラップのついたラウンドトウの黒いエナメルのパンプス。
初めて履く8cmのヒールは私を覚束なくさせる。
「いいんじゃない」
いつの間にか小奇麗になった母が、私を勇気づける。
決戦まで、あと30分。
慣れないヒールに四苦八苦しながら、私は待ち合わせ場所へ急いだ。
*
待ち合わせの10分も前だったけれど、そこにはぽつりともう人影があった。
遠目から見るその人物は、ひょろりとした長身を丸めて立っている。
声をかけて近寄ろうとするが、ジャケットにネクタイと、いつもとは違うその人の姿に私は思いがけずドキリとした。
いつものラフな格好を見慣れているから、別人のようで。
…ああ、大人なんだな、と改めて思ったりする。
でも煙草の煙を目で追う、その少し寂しげな様子がいつもの雅成くんを感じさせて、やっとほっとする。
「雅成くん」
声音で誰か判ったのか、雅成くんも安堵した表情で振り返った。
…と私を一瞥して、目を見張る。
何だか照れくさくて、それを誤魔化すように、私は踊るようにくるりと回ってみせた。
「似合う?」
「…驚いた」
どこのお嬢さんかと思ったよ、と笑う。