バレンタインデー-2
*
何が良くなかったんだろう。
途中まではとても楽しかったはずなのに。
今日は、月に一度の満月の日。
雲のない絶好の月見日和だった。
いつものように、夕飯をご馳走になり、2階に上がって、紗依ちゃんと望遠鏡で月を眺めた。
もう随分、寒くなってきて窓をあけると大気が冷たく澄んでいるのが分かる。
俺が、夢中になって空を見上げている横で、紗依ちゃんはちょっと呆れたように、でも楽しそうに笑っていたはずだ。
階下から、美味しい珈琲も手ずから入れてくれたりして。
窓越しにそっと月を見上げる、紗依ちゃんの頬はほの白く、背まで伸ばした黒髪がさらりと揺れる。
昔のままの大きな瞳。外をみる横顔は何を思っているのか少し寂しげで、月に帰るかぐや姫のようだ。
さぞや学校でもモテるだろうと、思わず聞いたのだ。
「学校で好きな人とかいないの」
氷ついたように彼女が固まった。
次の瞬間、小気味良い罵声が俺を襲う。
「…なにそれ。雅成くんのばか。おたんこなす。へたれ草食系中年。買ったマンションの地価下がれッ。株で失敗しろッ。一生独身で、孤独死してしまえッ」
…マンションも、株も購入した記憶はない。
……でも、孤独死は嫌だな。
なんて、ぼんやり考えていたら、紗依ちゃんの両目に見る間に透明な液体が溜まってきたので、驚いた。
―やっぱり、あの一言がいけなかったのだろうか。
女の子という生き物は、いくつになっても理解し難い。
同じ人類なのに、少女というカテゴリーの人々はきっと違う世界を歩んでいるのだ。
自分のアパートに戻って、珈琲を入れたけれど、彼女が作ってくれたものに比べると、驚くほど不味かった。
胸がもやもやする。
不味い珈琲のせいだけではなく。
罵声をとばす前に俺をみた、紗依ちゃんの表情が、一瞬本当に哀しそうに歪んだのを俺はみてしまっていた。