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カコミライ
【大人 恋愛小説】

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カコミライ (3)狡い兄-6

「半分本当ってところね。確かに利用してる」

「半分?」

「そう。海君と一緒にいる時にね、コー君に呼びかけるの」

‘ズルい。
 私は先に進むよ。
 あなたの温もりよりも、違う温もりを感じるよ。
 あなたのキスよりも、違うキスを重ねるよ。

 永遠に会えない場所に行った癖に、私に愛を誓ったコー君。
 私は謝ることも出来ないまま。もう二度とあなたに愛を誓えない。

 忘れることなんて出来ないけど、私は前に進むよ。コー君がいない人生を、隣にいる彼と笑って生きるよ’


 まるで、部屋に残る兄の物全てに語りかけるような優しい声。

 まだ私と美嘉さんの間には見えない距離がある。それでも少しだけ美嘉さんの心に触れることが出来た。そんな気がした。

 天井を仰いでいた美嘉さんは私に向き直る。


「今日はもう帰るね。また話しましょう。これ私の番号だから連絡してね」

「あ、はい」

 頷いて、携帯番号の書かれたメモ紙を受け取った。
 部屋を出る時に、美嘉さんの足が止まる。視線の先には壁に掛かったデジタル時計。

「この時計、私があげたのよ。懐かしい」

「ちゃんと狂いなく動いてますよ」

「良かった。……じゃあ、また、ね」

 美嘉さんはそれきり振り返ることなく去っていった。語尾が途切れ途切れになっていることには気づかない振りをした。肩が震えているのは見ない振りをした。

 きっと今頃、この寒空の下美嘉さんは泣いている。


 兄は狡い。
 これから先、何年経っても兄のことを思い出す度に美嘉さんは涙を零すだろう。
 それがデジタル時計であっても、なんて事ない日常であっても。
 兄がしたのはそういうことだ。美嘉さんはこの先ずっと兄に語り掛けて生きていくのだろう。


 文句の一つでも言いたくなって、携帯電話を取り出した。電話帳を開き、‘兄’と登録された番号を選ぶ。

「もしもしお兄ちゃん?」

 返事はない。あるわけがない。そんな奇跡を信じるような子供じゃない。それでも私は繰り返した。

「ねえ、もしもし、」

『お掛けになった電話番号は現在使われておりません』

 機械的なアナウンスに何だか無性に腹が立って、衝動的に兄の番号の削除を選んだ。けれど出来なかった。最後の問い掛けに私は‘はい’を選べない。

 反抗の意味を込めて、編集ボタンを選び文字を追加する。今度はちゃんと‘はい’を選んだ。

 決して伝えることの出来ない思いを、こんなものにぶつけるしか出来ない。それくらい遥か遠くに行ってしまった。やっぱり兄は狡い。


――編集しました――

  電話帳No.**

  ‘狡い兄’



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