カコミライ (3)狡い兄-3
「その様子だと香子さんは知らなかったみたいね。まぁ知ってたら、私に会わないか」
「そうですね、全く知りませんでした」
「そっか。写真を見ただけよ、他には何も。だから、カフェで香子さんの顔を見た時に初めて気づいたのよ。それまでは本当に知らなかった。海君の相手がコー君の妹だなんて」
責めるような口調ではない。寧ろ心を撫でるような穏やかなものだったのに、私は何も返すことが出来なかった。
「この部屋に来たのも、一年半振り。ほとんどそのまま?」
「はい。電気水道とかもそのままです」
「そっか」
そのままぐるりと部屋を見渡す目は慈しむように細められ、下に敷かれたカーペットに触れる手つきは、綿毛を撫でているみたいに繊細だ。これはきっと私の勘違いではない。
「もう一年半かぁ」
呟きながら、美嘉さんの瞳は閉じられた。きっと瞼の裏には、きっと兄と過ごした日々が浮かんでいるのだろう。
それが、少しも褪せることなく色鮮やかであって欲しいと、そんなことを願う。
◆
暑い夏だった。
太陽の眩しい光が降り注ぐ中。外から聞こえる蝉の鳴き声が五月蝿くて、子ども達がハシャぐ声が響いてる。そんな暑くて普通の夏だった。
当時短大生の私と、大学生の兄。お互い最後の夏期休暇を過ごしていた私達は、それぞれ一人暮らしをしていた。
その日は、兄が住んでいたこの部屋の近くに用事があった。夜も遅くなる予定で、実家にも当時私が住む部屋にも距離があった為、兄の部屋に泊まることになったのはごく自然の流れだったと思う。
先に荷物を持っていく為に兄の部屋に寄り、ワンルームの大半を占める寝心地の悪くないベッドを占領する。キョロキョロと壁や本棚を眺める姿が、子供みたいだと兄がからかう。
特別仲がいいわけでも無かったけれど、会った時は比較的よく話すような兄妹関係。バカみたいな話しが大半だったりしたけれど。
さまよっていた視線と突き当たったのはベッド際に置かれた一枚の写真。兄と綺麗な女の人。満面の笑みを浮かべて寄り添う二人の雰囲気は、一目で恋人同士だと分かる程甘い。
『この人、彼女?』
手に取った写真を兄に見せながらニヤリと笑う。初めは照れの所為か渋っていた兄も、やがて教えてくれた。
名前を美嘉ということ、兄と同じ年であること、もう三年も付き合っているということ、将来も考えていること。
愛おしげに語る兄に浮かぶのは、口元が緩んだ穏やかな笑み。普段だったら、そんな惚気に当てられたらたまったものではない。けれど、私は単純にそんな兄を見れたことが嬉しかったことを覚えている。
そういえば、私の写真を彼女に見せてもいいかと問われたのはその時だ。何だか恥ずかしくて絶対に駄目だと念を押した筈だ。
(今更ながら、その時既にその約束を反故にされていたと知ったけど)