旅立ち-5
同じ時間、絵里はホテルの最上階にあるバーの窓から外を眺めていた。街の明かりが遥か下に見える。圭介がウイスキーのグラスを傾ける。グラスの中の氷が滑り、心地よい音がグラスから響いてきた。
絵里は、圭介に小さいころから憧れていた。始めて意識したのは小学生のころだった。
圭介は、同級生の兄で物静かな大学生だった。昨年までは、年に一・二度話す程度の関係だった。厳しい家庭に育った絵里にとって、それで十分に満足だった。
圭介に憧れ、圭介だけを見つめ続けてきた絵里にとって、年の近い男性など子供にしか見えなかった。勇斗と一日を過ごしたことで、少しだけ考え方を変えたが、恋愛対象としてみることはないと思っていた。
圭介は常に冷静で、感情が高ぶることなどありえないと話していた。そんな圭介は、絵里にとって正に理想の男性だった。絵里は高校を卒業すると、既に結婚していた圭介に気持ちを打ち明けた。そして、圭介に食事に誘われると何の迷いもなく誘いに応じてしまった。
商社に勤めていた圭介の話しは、政治や利権が絡む壮大な話が多く、そして国際色豊かなものだった。ニューヨークのオフィスでハードな交渉を重ねる圭介。トラックに乗りジャングルの奥地に商品を買付けに行く圭介。異国の下町でひと時の休息を取る圭介。
そのどれもが絵里の理想の男性像に重なっていた。
圭介は、ホテルに部屋を取っていると絵里に告げた。絵里が始めて圭介とキスをしたのは、つい先日の事だった。キスをすることに抵抗はなかった。ただ、それ以上の関係に進むことはできないと思っていた。そのことを絵里は圭介に継げ、圭介もそれを了承していた。圭介は、部屋に行っても絵里の嫌がることはしないと約束していた。絵里は、その言葉を素直に信じてついていった。
部屋に入ると、圭介は絵里を抱きしめた。そして、ベッドの上で、二人は甘いキスを繰り返し、舌を絡めあった。絵里は、とろけるような気分を味わっていた。嫌がることはしないと約束した圭介を信じていた。そして理想の男性に抱きしめられる喜びに酔っていた。
果てしない時間が過ぎていった。絵里は夢中で圭介にしがみつき、圭介の舌を吸い続けた。絶え間なく続くキスに、頭が痺れ、体が溶けていくのが分かった。
背中を圭介の指が滑っていく。体の奥から甘い快感が湧き上がる。圭介の指が、流れるように滑り全身を包み込む。時折、絵里の大切な部分を通り過ぎていく。体が熱い。圭介との時間が永遠に続けばいいと絵里は思っていた。その時だった。圭介の指が絵里のクレバスに分け入りヌルリと滑っていった。どうしようもなく切ない感覚が湧き上がる。
その感覚に、絵里は始めて圭介の指が、自分の体に直接触れていることを知った。
普段の絵里では考えられない感情が、絵里を包み込む。
何もかも忘れて、このまま圭介と・・・・
絵里は、憧れるものを手に入れる幻想に酔っていた。そして、束縛から解放されようとしている自分に酔っていた。
圭介の指が体から離れる。やめないで・・・・ 絵里は、途切れた快感を追い求めた。
圭介の指がショーツをスルスルと引き下げていく。そして、絵里の足首からスルリと抜き取られた。その瞬間、絵里は夢から覚めた。
「ダ、ダメ!」
「どうして?」
「ダメなの・・・・・」
「・・・・・・・」
圭介の指が力を失い、ゆっくりと遠ざかっていった。