カコミライ (1)やな女-1
首筋から這うように舐める舌の感覚に酔っていると、時折やってくる耳朶への甘噛みに小さな刺激が走る。
ザラリとした感触を残しながら舌はそのまま動き続け、ゆっくりと耳の中にねじ込まれた。
水音が鼓膜からダイレクトに頭に響いて、脳髄から爪先までぞくぞくと体が震える。
快感なのか不快感なのか、私はこの感覚が未だに馴染めない。
けれど、触れる舌から伝わる生ぬるい体温は、ゆっくりと私の心に染み込んでいく。
その度に、私の心臓は酷く締め付けられてしまう。
◆
「今度彼女さんと会うの四日後だっけ?」
情事を終えた後、けだるさの残る体をベッドに沈めて、私はベッド際に立つ男―――海(カイ)に声を掛けた。
「うん」
服を着る途中の海の手が止まる。上着のボタンが真ん中だけ留まっていないという情けない姿で海は頷いた。というか、うなだれた。
「そっか、頑張ってね」
「……うん」
「楽しいといいね」
「……そうだね」
何を言っても返ってくるのは今にも消え入りそうな弱々しい返答。
内心またかと溜め息をつきながらも、私は優しく励ますことしか出来ない。
「あぁー!」
唐突に海が叫んだ。
近所迷惑にならない程度の音量だけど、それでもそこそこに煩い。けれど私は驚くことはなかった。予想していた事だからだ。やっぱり始まった、またこのパターン、と。
案の定、海は縋るような目線を私に向けてくる。
「香子(カコ)ちゃん……俺本当にダメだ」
「大丈夫だって、今日だっていい感じだったよ」
「本当?」
「ホントホント」
私が優しく返すと、海の強張った顔が崩れる。ふりゃり。そんな効果音がつきそうな位、柔らかな笑顔。こんな時の海は、私より二歳年上とは感じさせない幼さがある。
「香子ちゃんは本当に優しいね」
「はいはい、ありがとう。でも、そういうのは今度の彼女さんとのデートに取っておきなよ。はい、マフラー」
「ありがと」
海がドアノブに手を掛けると、冷えた外気が入り込む。身を刺すような寒さに肩をすくめながら、私は小さく手を振った。