カコミライ (1)やな女-5
沈黙の中、頭に響くのはばくばくとした鼓動。静寂故もあるけれど、今までの人生で二番目くらいに強く激しく感じる。
私はこの心臓のけたたましい音が嫌いだ。嫌なことを思い出すから。この音を聞くときは、何かが起こる。もしかしたら、これは未来が変わる音なのかもしれない。
『何か用でも?』
静まり返った空間が、永遠のように長く感じたけれど、実際はそんなに経っていなかった。
彼女の淀みない口調をしっかりと耳で捉えながら、視界の端に映るデジタル時計を見てそんなことを思う。分単位でさえ、数字は進んでいなかった。
『用があるなら、早く言ってね。こっちから掛けておいてなんだけど、もう深夜なんだし』
凛として、それでいて滑らかで、そんな耳になじむ口調で彼女ははっきりと言い放つ。落ち着いた様子の彼女と反対に、一転して私の心は乱れてしまう。
用事なんてない。何かを言いたい訳ではなかった。ただ、変えたかった。
(でも、そんなこと言えるわけない)
少しだけ時間をおいて、ようやく紡げた言葉は、
「えっ、と。別に用事はないですけど……」
これだけだった。
『あら違うの?用事があったから、わざわざこんなことしたのかと思ったんだけど』
「だって……、誰?とか聞かないんですか?彼氏の携帯にいきなり知らない女が出たんですよ」
『えぇ、そうね』
「だったら普通、少しくらいは慌てません?そんなに落ち着いた対応って中々ないですよ」
『そう言えば、そうかも』
くすくすと穏やかな笑い声が耳に伝わる。彼女は電話口で一体どんな表情を浮かべているのだろうか。きっと、憮然とした表情の私と違って、余裕の笑みを浮かべているのかもしれない。
『でも』
「でも?」
『そんなに甘ったるい声で電話に出られたら、逆に冷静になろうって思わない?』
「……確かにそうですね」
『でしょう?あっ、そうだ。これも何かの縁よね。せっかくだから私達会わない?』
数年ぶりに会った友人を誘うような、そんな軽い切り出しだった。
突飛な発言の意味を脳が処理終えたと同時、眩暈がしてしまう。
はっ?と声を上げなかっただけマシかもしれない。そんな風に自分自身を誉めながらも、私はこの場に最適な返答を探す。けれど、最早オーバーヒート寸前の思考回路では、答えは中々見つからなかった。