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A silent drizzle
【悲恋 恋愛小説】

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A silent drizzle-5

 ──だめだったの?

 ──どこも、ふ、さ、い、よ、う、だって。

 不採用、を手話でなく指文字で示す。
 ぼくに通じないかもと思ったのか、それともそれを意味する手話がそもそもないのか。

 ──そうか。残念だね。

 ──頑張ったけど、無駄になっちゃった。

 彩希は、就職を望んでいた。
 ハンディの少ない職種を探しいくつも当たっていたけれど、あまりいい手応えはなかったらしい。不採用は、二人ともなんとなく予想はしていた。
 ぼくは就職活動が実を結んで、携帯電話のアプリケーションサービスの会社に入ることが決まっていた。
 だからぼくは、この街から出られない。
 なにか言わなくちゃ、と思いぼくは両手を出しかけたけれど、結局それを下ろした。ぼくの拙い手話では、場を繋ぐことすらできないだろう。
 「あ……」
 ふいに彩希が声を漏らした。
 上を見上げる彼女の視線を追って、ぼくも空を仰ぐ。午前中から雲がかかり始めた空は、灰色に染まりそろそろ泣き出しそうだった。

 ──帰ろう。

 開いた指を閉じながら右手をつきだしてそう伝える。
 彩希がコクンと頷いて、ぼくたちは、いつの間にかしゃがみこんで眠っている象の柵の前を離れた。



  A silent drizzle



 霧雨は細かいゆえに、長く降り続く。窓の外の雨音は、止むことなく耳に届いていた。
 ぼくの言葉を見るなり、彩希は俯いたまま顔をあげようとはしない。ぼくたちは視線を合わせなければ話もできないのに。
 「ごめん……」
 卑怯だと自覚しながら、ぼくは謝罪を声にした。
 動物園以来、ぼくと彩希は徐々に逢う時間が減っていった。就職の準備や卒論とお互いに忙しかったのも理由だが、それだけではない。
 それは例えるなら、僅かなハンディを持ったかけっこのような具合だった。初めは確かに隣にいたはずなのに、少しずつ距離が離れていく。歩調を合わせてみても、どこかに生まれる差。そうしていつの間にか、二人の間には声も届かないほどの距離ができる。
 特に喧嘩したこともなかった。言い合いをするには、ぼくたちの言葉は静かすぎた。それでも、ぼくたちの仲は少しずつ熱を失っていた。
 長い間を持って、彩希は顔をあげた。

 ──私が、この街を離れるから?

 ──それもある。けどそれだけじゃない。

 ──私が、聴覚障害者だから?

 一瞬、ぼくは手を止めた。
 言葉を選ぶことを、あえてせずに答える。

 ──それもある。

 結局、ぼくは彩希とのことを軽く考えていたのだ。聴覚障害者といっしょにいる覚悟が、ぼくにはなかった。

 ──そっか。わかった。

 「……ごめん」
 無意識のうちに声が溢れる。彩希に見えないよう、首を下に曲げて。
 自分の狡さが厭わしい。


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