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A silent drizzle
【悲恋 恋愛小説】

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A silent drizzle-1

 ──雨、やまないね。

 彩希がそんなことをぼくに伝えた。カーテンの閉まった窓のむこうからは、さあさあと細かい雨音が聞こえてくる。

 ──どうしてわかるの?

 ぼくがそう尋ねると、彩希は鼻を人差し指でちょんちょんと示した。匂いがする、ということだ。
 いつだったか、雨が嫌いだと彩希は語っていた。理由を尋ねると、彼女は、空気が震えているのがわかるから、と答えた。
 それはきっと、彩希にしかわからない感性だろう。少なくともぼくにはわからない。

 ──私、資格とろうと思っているの。

 ふいに彼女がそう示した。
 彼女の世間話はいつも唐突に始まる。それは、ただ本当に彼女が話したいから始まることもあれば、なにか別の話の枕に語られることもある。今回は多分後者だ。
 しかしぼくは、彼女が伝えたことに驚いていた。自動車の免許もとれない彼女がなんの資格をとるというのだ。

 ──資格って、なんの?

 彼女はすぐに返事を返した。

 ──まだわからない。でも私たちでもとれるんだって、恭子さんが教えてくれた。

 そうなんだ、とジェスチャーで返す。
 彼女は、新しい一歩を踏み出そうとしているのだ。資格をとって、社会の一部であろうとしている。それは多分、立派なことなのだろう。

 ──がんばってね。

 ガッツポーズに似た仕種でそれを伝えた。
 ふいに静寂が、ぼくたちを包んだようにぼくは感じる。でもそれは錯覚で、もともとぼくたちの間に音なんてありはしない。霧雨とエアコンの鈍い連続音だけが、もう一枚の皮膚のようにぼくたちを覆っている。

 ──話ってなに?

 本題を切り出したのは彩希のほうだった。
 情けない。こんなときにまでぼくは自分で話をリードすることができない。
 おまけに、ふいのことにまごついて、思うように返事すらできずにいた。自分の駄目さがいやになる。
 じっとぼくの返事を待つ彩希の顔に視線を合わせて、ぼくは一度ゆっくり深呼吸をした。

 ──ぼくたちの、恋人関係を、終わりにしたい。

 ひどく回りくどい言い回しで、ぼくは伝えた。



  A silent drizzle



 彩希と出会ったのは、大学の校内だった。あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
 年始休みが終わった秋学期、ぼくは図書館に向かって歩いていた。たしか民俗学の講義が休講になって、小論文のプロットを仕上げようと思ったのだ。
 等間隔に並んだイチョウの街路樹が、映画のワンシーンみたいに綺麗に日光を遮り形づくっていた。
 そのなかに、彩希はいた。
 ひどく困った様子でなにかを探していた。地面に座り込んで辺りを見ている。コンタクトレンズでも落としたんだろうか、そんなことを思いながらぼくは彼女に声をかけた。
 「どうかしましたか?」
 でも、彼女はなにも反応を示さなかった。そのときは頭にきたが、今思えば当然のことだ。
 ぼくはムキになって、少し強く肩を叩いた。
 そして振り向いた彩希の顔を見て、心臓が跳ね上がるくらい驚いたのをよく覚えている。それくらい、彼女はきれいだった。
 「どうかしたんですか?」
 もう一度尋ねた。すると彼女は、慌てたふうに身振り手振りでぼくになにかを伝えようとしはじめた。
 それは多分、手話だったのだろう。でもそんな知識のないぼくは、耳を指す仕種と、胸の前で腕を交差させる仕種の意味を辛うじて読み取れただけだった。


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