A silent drizzle-4
付き合いはじめて二度目の秋、ぼくと彩希は動物園に行った。
平日に来園客などほとんどいなくて、ぼくと彩希は、音のない世界で二人ぼんやりと象を眺めていた。
象はのんびりと柵のなかを歩き回っていた。たまに思い出したように餌箱に鼻をいれ、乾し草をむさぼっている。
まるで、ぼくらとは違う時間で生きているようだった。
──寒い?
その頃にはもうすっかり使いこなせるようになっていた手話で、ぼくはそう示した。
──ううん、大丈夫。
──そう。
──もう完璧だね。手話。
──そうかな。勉強したからね。でも、まだわからない言葉も多いよ。
──じゃあ、これわかる?
彩希はそう示すと、右手をグーの形にして前に出し、左右にゆらゆらと振った。
──ごめん。わからない。
──これはね。ぞ、う。
指文字で答えを示して、楽しそうにクスクスと笑う。
ぼくの好きな、彩希の笑顔だった。
──でも、ちょっとつまんないな。
──なにが?
──君が手話を覚えちゃったこと。
彩希がなにを言いたいのかがわからず、ぼくは首を傾げた。彩希はハンドバッグから青い手帳を取り出して、ぼくに渡す。
付き合い始めの頃、ぼくたちが会話に使っていた手帳だ。
──私たちが話したことが、全部書いてある。
数ページほどペラペラとめくってみた。覚えのある会話が、ぼくの角張った字と彩希の柔らかい字で、そのまま残っていた。
最初のページに、二人の名前が書いてあった。お互いに名前を教えあったときのものだ。
──それを見てると楽しいから。だからちょっと寂しい。
冗談ぽく笑う彩希につられて、ぼくも笑った。そしてしばらく、二人でまた象を眺める。
──私、実家に帰ることになった。
彩希がふいに肩を叩いて、振り向いたぼくにそう示した。