独占欲=醜いもの?-4
4 アタシは意気揚々と歩く。
「なんだ。昔飼ってた犬にソックリだったから、源六なんだな」
いきなり縫いぐるみを『源六』と呼ぶアタシを怪しんだ憲が納得したように呟く。
「まぁな。一目見て、『源六だ』って思ったんだ」
「それにしても、紀州犬に源六ってピッタリと言うか、白雪らしいと言うか…」
「だろ?」
アタシ達は笑いながら歩く。
ふぅ、ちょっと疲れたな。
「疲れたか?」
「え?ちょ、ちょっとな」
思ったより、疲労感がある。そんなに歩いてないのになぁ。
「ちょっと休憩しよう。…ほら、あそこのレストコーナーで」
そう言って、憲はアタシの手を取ってレストコーナーへと導く。
なんと言うか、アタシは顔が熱くなった。良く考えれば、今日初めて手を握られたぞ。普段アタシ達は、互いの手を握る事なんて滅多にない。それが、初めてのデートの最中で握られたのだから、照れもするぞ。
ちょっとばかし、ボォッとしていたら、憲が話しかけてきた。
「白雪、何か飲むか?」
「ほぇ……?」
「だから、何か飲むか?」
「あ、あぁ…飲む。…………あ!アタシが行く!!」
立ち上がった憲を抑えて、アタシは財布を取りだした。
「いや、疲れてるんだろ?」
「良いから。源六取って貰ったしな」
「そうか。じゃ、お言葉に甘えて、烏龍茶な」
「OK!」
憲に荷物と源六を預けて、レストコーナーの端にあるドリンクコーナーにアタシは歩を進めた。
憲は烏龍茶、アタシはコーヒー。
滞りなく、ドリンクを買ったアタシは憲の元へと急ぐ。
「えっと、確かあっちの端っこだったよなぁ。………あ、憲…?」
アタシの視線の先に、憲はちゃんといた。問題は、その周り……。
「ちょっとだけですからぁ。いいでしょ?」
「わ、悪いけど、連れがいるんだよ」
「連れって、彼女とかじゃないんでしょ?少しだけ、ね?」
ずいぶんと今風に着飾った女が二人程、憲を囲んでいた。
明るく笑ってるが、顔は遊んでそうなのは、アタシの先入観か?
ずいぶんと押しが強く、憲が参った顔している。
そして、アタシは足が動かない。普通に行けばいいのだ。普通なら、彼女であるアタシが登場する事でこの事態は収拾される。
だけど、動かない。そして、アタシの心の中で、黒いものが渦巻いていく。
触るな……。
笑いかけるな……。
憲は、アタシのなんだ……!
どうしようもない感情が、アタシを醜くしていく気がした。
そして、女の一人が憲の腕を掴んだ事によって、アタシの感情は爆発した。
ドリンクを握る潰す寸前ギリギリを保ちながら、アタシはズンズンと歩きだす。
ドリンクを、ドンッ、と置き、憲と女の間に割り込んだ。
「な、なによ?あんた」
「……憲はアタシのだ、触るな!」
突然のアタシの登場にギョッとしながら聞いてきた女に、答えた。
少し呆然となった二人だったが、突然…顔を見合わせて笑いだした。
「あんた、この人の彼女?」
「そ、そうだ!何がおかしい!?」
「馬鹿じゃないの?『アタシのだ、触るな!』だって」
「ウザいのよ。独占欲ってやつ?…憲くんだっけ、あなたもこんなウザい女は放っておいて、あたし達と行こうよ」
………むかつく!!悪かったな、独占欲持ってて!でも、我慢できるわけないだろうが!!!
あまりの怒りに言葉が出ないアタシの後ろで憲が立ち上がった。
「……憲?」
振り向くと、憲が荷物を持っていた。アタシのポーチや源六も一緒にだ。
「……白雪、行くぞ」
「あ……う、うん」
「ちょっとちょっと、アタシ達は?」
レストコーナーから出ようとした憲の肩を、女の片方が掴んだ。しつこいなぁ!!
アタシが文句を言おうとしたら、憲が先に言った。
「……離せ」
今まで、一度も聞いた事の無いような、物凄く低く…凄みのある声だった。女は驚いて、手を離した。
「誰が、自分の大切な女性を馬鹿にした屑女と一緒に遊んだりするものか。もう一度、一から常識を勉強し直せ」
さらに凄みのある声で女たちに言った憲はそのまま歩き出してしまう。慌てて、あとを追った。あとには、呆然とする女たちが残されたのだった。
あまりの憲の怒り様に、アタシも少し声がかけ辛かった。
「ゴメン!!」
モールの出口まで来て、憲は突然アタシに謝った。
「け、憲…?」
「本当にゴメン!!お前が、あんなに言われたのに、すぐに守ってやれなくって……」
あぁ、なんだ。そんな事か。
「謝る事なんてない。アタシの事、大切って言ってくれて、本当に嬉しかった」
「でもなぁ。あいつら……あぁ!!思い出しただけでもむかつく!!!」
アタシが馬鹿にされたのに、アタシより憲の方が怒ってる。
「もういいって」
「……白雪がそう言うなら」
まだ苦い顔をした憲は頷く。
アタシは、大切って言ってくれただけで、もう嫌な事とかは完璧に吹き飛んでいったんだ。
「まぁ、白雪がヤキモチ妬いてくれただけ、良しとするかぁ」
「……憲はウザいとか思わないか?」
それだけが、アタシの中でひっかかっていた。アタシが憲を束縛して、自由を奪ってるんじゃ……。
「馬鹿だなぁ。いいか?独占欲なんて、誰でも持ってて当たり前だっつうの。俺だったら、知らない男が白雪の腕なんて掴みやがったら、ぶん殴るね」
「………それはやりすぎでは?」
「いや、まぁ多分俺が殴る前に白雪が殴ってるな」
………否定できん。
「なんにせよ、気に病む必要はまったく無いから、安心しろ。寧ろ、束縛しててくれ」
「良いのか?」
「当たり前だ。俺は白雪の。白雪は俺のものだからな。所有権を主張するぞ、俺は」
……フフッ。そうだな。憲はアタシのもので、アタシは憲のものだから。だから、独占欲を抱いても良いのか。
「ずっと、アタシのものだからな!!」
「お前だって、一生…俺のだからな!!」
そう言い合って、アタシたちは笑った。
……好きだよ、憲。
一生、側にいてくれよな。