『It's A Wonderful World 4 』 -11
「どうした。今度は人面マントヒヒの物まねか」
「おいおい。この和製ロバート・レッドフォードに向かって何を言ってんだか」
「誰だよ」
なぜか格好をつけながら、アキヒロはホラー映画のように音も立てずに立ち上がる。
重要なのは、本人は格好つけているのに、ホラー映画になってしまっているという点だ。
「シュンの勉強の手助けをしてやるよ。いい方法があるんだ」
「だが断る!」
アキヒロの言ういい方法には、ロクな思い出がなかった。
かつての校門での出来事が思い出される。
そうだ、僕、前に一度こいつを殺そうとしたんだ。
「なんでだよ! 絶対、いい方法だから! すぐに頭よくなれるからあ! 女の子にもモテモテでお金もザックザクだから!」
エロ本の裏表紙のような謳い文句だった。
「だって、お前バカじゃん!」
「うっ」
そう。
そんないい方法があったら、アキヒロがバカでいるわけがないんだ。
市内全ての学習塾から「お宅のお子さんはちょっとウチでは……」なんて言われるわけないんだ。
「確かに俺は少しバカだけど。お前に、頭のいい人を紹介してやろうってんだよ」
「ほほう」
少しバカという点には突っ込まないでおき、アキヒロにしては珍しくいい事を言う。
家庭教師でも紹介してくれるんだろうか。
「ウチには家庭教師を雇うような余裕はないぞ?」
父親がアレなので、念のために聞いておく。
「タダに決まってんだろ。ダチ公のためだしよ」
「ダチコウってなんだよ」
アキヒロはたまに良くわからない言葉を使う。
「じゃあ、誰よ?」
「それは、明日のお楽しみだ!」
そう言いながら、アキヒロは携帯電話を取り出してどこかに電話をし始めた。
なんとなく、文明の利器を使うアキヒロの姿が新鮮だった。
そんなアキヒロに失礼なことを思いながら、僕は仁美さんのことを思う。
美人で、頭が良くて、運動もできる仁美さん。
でも、僕は――。
部屋の扉を開ければ、ドサクサにまぎれて人のシャツの匂いを嗅いでいるマサキがいて。
とりあえずライターでマサキの耳たぶをあぶって撃退して。
電話を終えたアキヒロが帰っていくのを眺めながら、勉強机の椅子を引く。
カバンから、英語の教科書を取りながら、思うのだ。
あの時の美術室。
窓からは初夏の暖かな風が吹いていて。
僕の横には、まだ話したこともない別のクラスの仁美さんがいて。
僕は、そんな彼女の横顔に、ひと目惚れしただけなんだけどな。
あの真剣な眼差しに。
たった、それだけのことでテストの1ヵ月前に英語の教科書を開いている自分がいて。
人を好きになるって言うのは、すごいことなんだろうか。
柄にもなくそう思ってしまうのだ。