海螢(久美子の場合)-8
何度となく見る夢の中に、いつのまにか底知れぬ被虐の欲情を、激しく求めるもうひとりの自分
がいた。
あの写真の縛られた女は、ほんとうに双子の姉なのかもしれない…ふと、久美子はそう思うこと
があった。
…久美ちゃん、最近、きれいになったんじゃない…なにかいいことあったの…
中年の上司が、控室で弁当を食べながら、お茶をいれる久美子に声をかける。めったにお世辞す
ら言うことのないまじめな上司の言葉に、どこか自分の中の秘密が見透かされたような気がした。
化粧室で見た自分の顔…
外せなかった眼鏡をやめてコンタクトレンズにした。髪型も変えた。その顔は、もう今までの
自分ではなかった。あの写真の中の女に確かに変わっていた…。
一ヶ月が経った…。
あの男が郵便局に来なくなって久しい。夢を見ることもなくなった。心のどこかに彼を待ってい
る自分を久美子は感じていた。
彼の深い瞳の中にある甘い棘と蠱惑的な光に囚われたかった。体を身動きできないくらい強く縄
で縛られ、蝋燭の炎で子宮の底まで炙って欲しいと思う自分があった。囚われた心と性のすべて
を限りなく男の抱擁に委ねたかった…。
あの男が自ら綴った保険契約書を手に取り、その名前をじっと見つめる。
…どうして…どうして今まで気がつかなかったのかしら…彼の名前…。
その名前は、シマムラマサオ…。
いつものようにひとりだけの夕飯をすませ、部屋にあるウミホタルの写真を眺める。青白い光を
ともなったその浮遊生物を無性に自分の性器の中に含みたかった。
ふと、テレビの上に置いたままにしていた叔母から送られてきた写真の封筒を手にする。何気な
く取り出した写真に写っていたお見合いの相手の男…
…あの男だった。
久美子は、叔母のところに電話を入れた。
「おばさん…この前送ってくれたお見合いの写真の人…その人と会ってみることにするわ…」