長い夜 3-1
<ドラミング・ハート>
遼子は佐伯の連絡を待った。
(何時になっても構いません。必ず連絡ください。お願いします)
残したメモには携帯の番号も書いておいた。
今朝の五時に眠りについたばかりの佐伯の今日の予定は知る由もない。
だが、佐伯自身も眠りにつく前に「明日、説明する」と言い残したはずだった。
明日とはきっと、すでに日付は今朝になっていた今日のはずだと思いながら、
まだ夕方にもならないというのに、仕事には手がつかずに砂時計で時を計っているようなまどろっこしさに苛立っていた。
やっとの思いで仕事から解放されても、遼子は携帯電話を手にしては不安な鼓動に悩まされていた。
いつもは軽快に飛ばす自転車も、電話の着信音が聞き取れないといけないと慎重に進める。
バイブにすべきかと思ったが、やはり振動で気づかないと困る。
まっすぐ帰って携帯をにらみつけていたかったが、遼子はひいきにしている居酒屋に寄ることにした。
こんなに着信にばかり気を取られていては身が持たないという思いから、少し気がまぎれる場所に身を置きたかったのである。
「こんばんは」
遼子は馴染みの暖簾をくぐって引き戸をあける。
「らっしゃーい!」
一斉に数人の店員が大きな声で迎える。
はぁ・・とため息をつき、やっと落ち着けると安堵した。
ただし、携帯は離せない。着信を逃していないか履歴を確認してからテーブルの上に置いた。
何度も場所と角度を気にしながら視線が向いてしまう。
「おかえりなさい。今日は飲み物は何にしますか?」
おしぼりを手渡してくれたのは今年美大生になったというアルバイトの青年だった。
背が高くて精悍な顔立ちをしている。今風といえばそういえるのかも知れない。
平成の日本人は外国人にも劣らずビジュアルが垢抜けしている。
ギャル男と呼ぶほど軽くはないが、この青年も確かに見惚れてしまうほど美しい。
男らしい彫の深さと骨のごつさはあるが、彫刻のダビデ王のような透明感もある。
手足が長くて動きも機敏だ。若さゆえのパワーがあふれ出てるような勢いがある。
ハーフかも知れない、綺麗な子だなと遼子も思っていた。