長い夜 3-7
「んんーーっ!」まだ肉が口の中にあるので言葉にならないが、絶賛の声を抑えられずに唸る。噛みしめて味わう間もなくとろけてなくなってしまった。
「うまいか?」
佐伯が嬉しそうに遼子を見ている。
「うま・・いや、美味しいです!すごく美味しいです! 」遼子は目を丸くして言った。
「だろ? 日本に帰ったらまずコレなんだ。帰ってきたー!って感じがする」
そういうと、ビールを一気に流し込んだ。
遼子はやっと自分が佐伯にビールを注げると喜び勇んでビール瓶を取る。
「ありがとう」
差し出す佐伯のグラスにビールを注ぐ。
二枚目の肉まで世話したあとで、女将は鍋に野菜や豆腐を入れて煮たせた。
「ほな、お後はお好きなように上がっておくれやす。ごゆっくりと・・」
そういうと部屋を出て行った。
二人きりになった空気が少し温度を変えように感じているのは遼子だけかもしれないが、緊張の気が張り詰めているようにも感じた。
「あの・・・」遼子が箸をとめた。
「ん?」佐伯は目も合わせずに、箸を進めている。
「前回といい、今回といい、本当にご迷惑をおかけしました。」
佐伯はちらっと遼子をみてニコリと微笑んだ。
「ひょっとして、心配してる? 僕に何かされたんじゃないかって」
いたずらっぽい目で遼子を覗き込むようにして佐伯は言った。
「いえっ、それはないです! 佐伯さんはそんなことする人じゃありません」
思わず、勢いで言ってしまってから、遼子は少し恥ずかしくなった。佐伯のことを何も知らないのが事実なのは佐伯も当然知っていることだからだ。
「それはどうかわかんないけど、あの時は君、車に乗る前に倒れてしまって、ママはしばらく店で休ませるか?って言ってくれてたんだけど、時間も時間だから店に迷惑かけられないし、運転手さんに行き先も言わないままだったみたいだったしね。まさか妙なところに連れても行けないし・・・連れて帰るしかなかったんだよ。それに、部屋まで何とか抱えてきたのはいいけど、倒れた服のまま土ぼこりでベッドに入られるのはさすがに僕も考えてしまって・・・。目をつぶってね、脱がせたから、何も見てないから」
最後のほうは笑い出しそうになりながら、佐伯が説明した。
遼子はただ、顔を赤くするしかなく恐縮の面持ちで黙って聞いていた。
「だからね、心配いらないよ」そう言って、優しく微笑んだ。
「ありがとうございました。」遼子は頭を下げた。