長い夜 3-5
「佐伯です。」
「こんばんは」
遼子は佐伯の声を聴くと、そう云っただけで固まってしまった。
「今、パーティー中とか?」
佐伯が聞く。
「それ、イヤミですか?」
静まり返ったうす暗い道でくすっと笑いながら遼子は答えた。
「いやいや、まさか。じゃあ、仕事は?」
笑いながら佐伯が尋ねた。
「今日はみんなデートだと云って早じまいになりました。私はまさに暗がりの道を一人で帰宅途中です」
「ははは・・そりゃあ、気の毒、じゃなくて危険だね。」
佐伯の笑い声で心が晴れていく気がした。
「佐伯さんは?日本に戻られたんですね?」
「空港から直接帰って、部屋に着いたとこ」
部屋という言葉で、遼子の脳裏にははっきりと情景が浮かび上がった。
セミダブルのベッド、黒 白 グレーの濃淡で清潔感のある色彩の部屋を。
「そうでしたか、お疲れ様です」
「うん、で、もし彼との約束がないようなら、これから食事どう?」
「え・・これから・・ですか?えっと えっと・・・」
時計を見た。六時を回ったところだった。帰って着替えて、シャワーは無理かも知れない。何を着ていこうか突然すぎて迷うヒマもない。
ただ、佐伯の誘いを断わるわけにはいかない、次の確約が不安だったからだ。とりあえず会わなきゃ。とにかく、会いたいと遼子は佐伯の誘いを承知した。
迎えに来られるよりも、互いに現地直行の方が時間に無駄がない。それに待つのはイヤだった。何かしら自分も進んでいたかった。佐伯に近づく一分一秒を自分から進んでいたかった。
佐伯が指定した店は料亭「こむろ」和食の専門店で有名な老舗の料理屋として名前は知っていたが入ったことはなかった。賑やかな道から少し奥まったところに提灯と暖簾が老舗の雰囲気を醸し出している。
遼子が暖簾をくぐると、年は70を過ぎていそうだがシャキッと和服を着こなした女将が出迎えてくれた。