長い夜 3-2
「そうねぇ、まずは生もらおうかな」
そういうと、即座に
「はい!生一丁!」身が引き締まるようなハツラツとした声で注文を通す。
そして、遼子の注文をにこやかに待っていた。
「何しようかな、今日はお勧めは何?」
常連だから、メニューは見なくてもだいたい分かっているが、その日の仕入れによっては旬のものや珍しいものもあるのだ。
「今日は、牡蠣がいいの入ってますよ?お好きでしたよね・・?」
さすがの常連、バイトの子も好みを覚えてくれているようだと気を良くしながらカキフライを注文した。
ビールのおかわりは控えた。やはり電話が気になる遼子は、蕗と高野豆腐の炊き合わせとおにぎりを食べて空腹をみたし、
そそくさと家に帰ることにした。
「何だか今日は落ち着かれないようですね、どなたかの連絡待ちですか?」
バイトの子にまで見透かされている。
「ううん、そんなことないよ・・ははは・・」
笑ってごまかしながら、心の中では不安な焦燥感か渦巻いていた。
帰ってから、シャワーを浴びた。
もちろん、携帯は脱衣かごに入れて風呂場のドアのすぐそばに置く。
音が聞こえないのではないかと焦り気味にシャワーを急ぐ。
まだ、泡が取れきってないとしても、それよりも電話が優先だった。
風呂上りの着信履歴チェック、手元に置いていても10分、15分ごとにはチェックしてしまう。
鳴っていないのはわかっているけれども確認してしまう。
そんな自分が哀れに思えてきたが、不思議と胸のうちでは幸福感も満ちていた。
待っているだけで幸せなのが不思議だった。緊張と不安とが胸を締め付けるのは苦しいのだか、
声が聴ける、電話がかかる約束に、一方的な願いという形であっても、必ず守られるという根拠のない確信があった。
「こんな気持ち、いつ以来だろう・・・」
遼子はこの胸の心地よい痛みの記憶をたどった。
(中学の時の高瀬くん?あの頃も片思いに胸を熱くしたな。
校内でも、通学時でも見かけるたびにドキドキした。でも・・・こんな痛みはなかったかも・・・)
高校時代の記憶に入ろうとした時、自然と自己防衛のスイッチが入ったのか考えることをやめてしまった。
思い当たる似たような痛みがあることはあったが思い出したくないと脳のシナプスが勝手に遮断してしまったようだ。
遼子はベッドに入った。携帯を握り締め12時を確認したあと睡魔に襲われて眠ってしまった。