光の風 〈国王篇〉後編-9
「いや。」
カルサの声は少し震えていた。
「サルスの出方を見る。オレはこの国で出来る最後の仕事をするよ。」
一歩足を踏み出すには丁度いい台詞だった。
しかしどこか心許ない姿に声をかけずにはいられない。彼の名を小さく呼ぶ。それに消えそうな微笑みで応えた。
「千羅、ありがとう。」
立ち去ろうとするカルサの腕を咄嗟に掴んだ。全てに押し潰されてしまいそうな、今のカルサははかなく感じる。不安にかられ、より一層手に力が入った。
「千羅?」
カルサの疑問はもっともだった。
「どうした?」
「私も行きます。」
千羅の厳しい表情にカルサは驚きを隠せなかった。しかしすぐに理解する。
「心配しなくても体調は管理している。もう少ししたら休むから。」
「ならば、いいのですが。」
千羅は掴んでいた腕をゆっくり離した。
「まったく、お前は本当に過保護だな。」
千羅の気持ちが心地よいのだろう、カルサは穏やかに笑い歩きだした。もちろん千羅も後に続く。
前を歩くカルサが笑っているのを感じる。しかし千羅は厳しい表情のままだった。その理由はカルサの体調を心配しているだけではない。
不安の渦が心の中で生まれ、たまらず彼女の名を呼んだ。
瑛琳。
「貴未は今、ハワードの所にいる。」
カルサの声に意識を戻され千羅は答えた。
「老大臣の所ですか。」
「知らなくてもいい事を聞いている頃だろう。」
低くなった声にカルサの気持ちが反映されていた。本当なら知らなくていい事、知られたくない事だった。自分の力や使命を知られる事は、すなわち自分の生きる意味を問われる事に繋がる。
何故、生きていられるのか。そう直接問いただされるのが恐かった。自分が嫌になる瞬間の1つだ。
「ハワード様も粘りましたね。皇子も見習わなければ。」
明るい千羅の回答にカルサは思わず吹き出した。
「見習うのか?」
「尾を引くのと粘るでは訳が違いますから。皇子も粘らないと。」
想像するだけで呆れてくる。確かにハワードの頑固さ、粘り強さは周りのお墨付きだ。少しうっとうしさも感じながらカルサは頭の片隅に千羅の助言を残そうとする。
「リュナを諦めてはいけませんよ。」
カルサの足が止まった。