4th_Story〜手紙と2筋の涙〜-9
6.対峙
菖蒲中学校は比較的最近に作られた学校であり、その校舎も綺麗な事で評判が良かった。その為か生徒の素行も良く、教師も、自らが教職に就いている事を誇りに思う様な、真面目な人ばかりであった。
そして更に特徴的なのが、普通の学校では立ち入り禁止な事が多い屋上が、開放されている事である。勿論、冬の様な寒い時にわざわざ屋上に上がる生徒などはおらず、暑い季節も、日当たり抜群の屋上には誰もいない。そうではない春や秋などには、屋上は程よい日当たりに涼しい風が吹く、不快指数65〜70の癒し空間となるのだ。
その屋上には今、3つの人影があった。里紅と黄依の2つと、その2人に対立する形で、1つ。それは、この誘拐事件の犯人の物だった。里紅達が、犯人を屋上の縁に追い詰める形になっている。
しかし、里紅達の顔に浮かんでいる表情は、犯人を前にして浮かべる様な物では決してなかった。その顔からはむしろ、動揺や、困惑の色が見て取れる。
犯人に向け、里紅が徐に口を開いた。その言葉はあまりに陳腐で、しかし、この状況においては最も相応しいであろう、言葉。
「なんで、ここに……」
そして、誘拐犯が問いかけに応える。否、その言葉は不適切であろう。
海晴蒼が、里紅に応える。
「私が、犯人だからだよ」
そう言って蒼は笑顔を浮かべた。その表情は、どこか悲しみを含んでいる。
「……つまり、蒼の悪戯って事?」
呆れた口振りで黄依が聞いた。それに蒼が首を振る。
「違うよ。悪戯なんかじゃ無い。これはね、私の最期のプレゼントなの」
「プレゼント?」
「そう。楽しい時間をくれた、黄依ちゃんと里紅へのプレゼント」
蒼はそう言って空を見上げた。里紅もつられて空を見る。黄依は、蒼の方を見ていた。そして、質問をする。
「最期のって、どういう事?」
沈黙で返す蒼。
「話してくれないの?」
「笑わないで聞いてくれる?」
うなずく里紅と黄依。
「……なんかね、つまんなくなっちゃって」
「つまんないって、何が?」
「生きてる事が、だよ。皆からすれば平凡な人生かも知れないけど、全然面白くなくて、楽しくなくて。ありきたりな人生がつまらなくなったの。……でもね、黄依ちゃんと里紅と出会って、ほんの2ヶ月だけど、それでも、とても楽しかった。だから、最期のプレゼント。ね、楽しかった?」
「え?」
「暗号。一生懸命考えたんだよ?」
蒼の笑顔に込められていたのは、果たしてどんな感情だったのか。里紅には分からない。しかし、みすみすと蒼を見殺しにして良い訳も無い。
「それなら。楽しいなら、死ぬ必要なんかないだろ」
それこそ陳腐だが、友達といて楽しいのならば、そのために生きれば良い。里紅はそう思った。
「……そう、かもね」
転落防止の為のフェンスに指を掛ける。その先には、1メートルも無いコンクリートの出っ張りがあるだけだ。振り返り、里紅達の方を向く蒼。その顔には笑顔が浮かんでいた。今度こそ、本物の笑顔。
「うん。そうだよね」
「ああ」
「それじゃあ里紅」
蒼に名前を呼ばれ、「ん?」と返した里紅は。
「黄依ちゃんと話したいから」
そう言われ、屋上を追い出されてしまった。ため息を吐きつつも、やっといつも通りの蒼らしくなったな、と胸の内では安心していた。蒼と出会ってほんの2ヶ月。しかし、その2ヶ月が非常に充実していたのなら、半年、1年、それよりももっと長い期間でも、きっと楽しめるはずだ。だって、友達なんだから。
里紅は、屋上に繋がる階段に腰掛け、黄依と蒼が出てくるのをそのまま待つ事にした。