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【推理 推理小説】

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4th_Story〜手紙と2筋の涙〜-2

 兎も角、里紅が言いたいのは、あれほど黄依にべったりだった屡兎が、誰かと付き合う事など、考えもしなかったという事だ。確かに屡兎もシスコンとは言え、1人の人間であるから、誰かの事を好きになったり、誰かに好かれたりする事もあるだろう。
 しかし、そこで終わりだと思っていた。黄依の為に自分の恋路を捨てる位のシスコンだと、そう思っていたのだ。ところが、屡兎と碧が付き合った。これは里紅にとっては大事件であった。そこまでシスコンではなかったのだなと、少し安心した節があるのも事実だが。
「そうなんすか。おめでとうございます」
 目出度い事には変わりないので、祝う気持ちと言葉は忘れずに。
「ああ、ありがとう」
 と、こんな感じで31日の早朝、太陽が昇り始める頃に屡兎と碧は旅行へ出発し、稲荷家には、里紅と黄依の2人が残った訳である。因みに大晦日の晩御飯は豪勢に寿司の出前を取り、年越しそばを食べた。勿論、金は全て屡兎持ちである。断じて黄依が集った訳では無く、屡兎自らがお金を置いていったのだ。全ては、妹のために。
 そして、年越しを迎え、里紅は黄依に蹴られ、2人とも眠りに就いたのだった。

 それからどのくらいの時間が経過したのか、物音にふと目が覚めた里紅は、むくりと起き上がった。時計を確認すると、午前8時を回っていた。新年を迎えすぐに寝てしまったので、8時間ほど眠っていた事になる。伸びとともに欠伸をして、黄依が炬燵にいない事に気付いた。どうせトイレにでも行ってるんだろうと、特に気にする事も無く、テレビを点ける。さすが元旦と言うべきか、新春、迎春番組ばかりであった。どれも似たようなものなので、その内の適当なものを流しつつ、寝ぼけてぼんやりとしている頭で眺めていた。
「はい、朝ごはん」
 どこに行っていたのかと思えば、どうやら朝食を作っていたらしい。黄依が、2枚の皿を炬燵の上に置き、寒い寒いと呟きながら炬燵の中へ入ってきた。皿の上にはフレンチトーストが2枚。甘い香りが食欲を誘う。
「お、黄依の手料理は久しぶりだな」
「料理って言う程のものじゃないけどね」
 冬の朝の、体に凍みる様な寒さの中を洗面台に行き、これまた凍みる冷たい水で顔を洗ってから、そんな言葉を交わして、フレンチトーストに齧り付く。カフェのマスターでもある碧に習ったその腕前が、やんごとなく発揮されていた。実に美味である。
 朝食を食べ終わり、一息つけ、特にすることが無い事に気が付いた。一言で表せば、暇である。どこかに出掛けようにも、窓の外には、夜中の内に降り積もったのだろう、真っ白な雪景色が一面に広がっており、非常に外に出る気を無くさせる光景を作っていた。里紅は決して雪が嫌いな訳ではないが、肌を突き刺す様なあの寒さが苦手なのだ。黄依にいたっては雪すら嫌いだという。雪を見るたびに、冬の寒さを思い出すかららしい。相変わらずと言えば相変わらずだ。黄依らしい。
 その黄依は、既に二度寝の体勢にはいっていた。非常に気持ち良さそうに、炬燵の中に体を丸めている。猫みたいだなと、里紅は思った。猫の語源は「寝子」から来ていると言うから、まさにぴったりだ。寝る子は育つと言うし、良く寝て、その薄い胸も成長して欲しいものだ。
「いってえええ!」
 また蹴られた。しかし、今のは確実に里紅が悪い。女性には、年と胸と体重の事は決して聞いてはいけないのである。って言うかセクハラだ。
「何も言ってねぇじゃん」
「気配を感じた」
 稲荷黄依、恐るべし。
「あ、そう言えば」
「ん?」
「年賀状、届いてるかな」
「ああ、ちょっと見てきてよ」
「何で俺が――いえ、行ってきます」
 冷や汗を流しながら、里紅が炬燵を出て行く。これは当然といえば当然の流れだ。男は女に弱い、と言うより、里紅が黄依に弱いだけだが。
 しかし、このご時世、律儀に年賀状を送る人など、そうそういない。大抵は、電話やメールで済ましてしまう事の方が多いだろう。年賀状という文化が廃るのも時間の問題なのかも知れない。それを良い事と受け取るのか、悪い事と受け取るのかは、その人それぞれの問題である。
 里紅が、ポストを覗くと、それでも、結構な枚数の年賀状が送られてきていた。部屋に戻って、内容を確かめると、どうやらほとんどが屡兎あてのものらしい。仕事関係のものばかりだった。その中で黄依に送られてきたのは、1枚だけだ。もともと、友達と呼べる様な存在は里紅だけなので、枚数が少ないのは必然と言えるだろう。その1枚は、クラスメイトである、坂本白<さかもと あきら>から来たものだった。4ヶ月前にあった誕生会に誘われたので、その誼みで送ってきたのだろう。因みに従姉妹の絵里<えり>との連名だった。
 そして、年賀状の中にまみれ、封筒が1通送られてきていた。差出人の欄には、海晴蒼<みはる あおい>と書かれている。その名前を見た途端、2人は固まった。思考が、停止する。記憶が、呼び起こされる。
「み、はる……あお、い……」

 なぜなら彼女は、3年前に行方不明になっていたからだ。


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