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【推理 推理小説】

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4th_Story〜手紙と2筋の涙〜-10

7.理想

 屋上には、風が吹いてきた。これから夏に近づこうというこの時期には少し不相応なその風に、黄依は肌寒さを感じた。
 蒼が駆け寄ってくる。それを抱き止める。
「今なら、邪魔者は居ないよ。黄依ちゃん!」
 既に顔を黄依の胸にグリグリ押し付けといて何を言う。
「もう、駄目だよ、蒼」
 心なしか、黄依もおおらかモードだった。今ならキスもしてあげられるよ、なんて。少しの間抱きしめあってから、蒼が離れる。そして、言った。
「でも、ごめんね」
「え?」
 何が、だろうか。自分の胸に顔を埋めていた事ならば、今は寛大な精神のバーゲンセール中なのだから、心配する事はない。
 しかし、そうではなかった。
「やっぱり、ごめんね」
 蒼がフェンスまで歩いて行く。その行動に呆気にとられた黄依は、ただ見ている事しか出来なかった。
「な、んで?」
「もう、決めたから」
 決めた、事だから。
「なにを……?」
「ねえ、好きだよ。黄依ちゃん」
 蒼は顔を見せない。
「うん……、私も好きだよ」
「愛してるよ、黄依ちゃん」
「う、ん……、わた……しも、愛し、てる……よ」
「ちゃんと里紅にも言うんだよ」
「うん……ちゃん、と……言う、よ……」
「だから泣かないで、黄依ちゃん」
 泣いていた。涙が、零れていた。友達。たった2ヶ月の、友達。そんなのは、あんまりじゃないか。そんなのは、嫌だ。それでも、目から零れ出る雫は止まらない。私の何がいけなかったのか。里紅の何がいけなかったのか。言ってくれれば直すから。ねえ。どうして。嫌だよ。嫌だ……。
 そんな黄依の想いは、蒼には届かない。
「ごめんね」
 そう言った蒼の声は、どこか震えていて、どこかかすれていて。振り向いた蒼の表情は、涙でぼやけた黄依の視界には映らなかった。それでも、泣きじゃくる頭でも、考えていた。フェンスの高さは2メートル。ここから蒼までは5メートル。走れば、間に合う。蒼がフェンスに指を掛けた。足に力を込める。走り出す。蒼に、手を伸ばす。蒼にとって救いとなる事を願い、その手を伸ばす。
 そしてその手は、空を掴んだ。
「え?」
 2メートルのフェンスを軽く飛び越えた、蒼の体は、フェンスの向こう、コンクリートの出っ張りの上。何が起きたのか、黄依には分からない。
「有難う。サヨウナラ。楽しかったよ」
 それが、蒼の残した最後の言葉。その言葉を残して、蒼は、屋上から飛び降りた。

 しばらくそのまま呆けていた黄依の傍には、いつの間にか里紅が立っていた。
「里紅」
「ん?」
「愛してるって」
「……ん?」
「蒼がね、私に言ったの」
「そっか」
「うん」
 立ち上がった黄依が、里紅にしがみ付く。
「ごめんねって、さようならって、楽しかったって」
「うん」
「ありがとうって、そう、言ってた」
「……うん」
 里紅に出来るのは、その細い体を、抱きしめる事だけ。目の前で涙を流す女の子を、見守る事だけ。そんな事しか出来ない自分が、とても悔しかった。
 太陽の光はもう、屋上の2人を照らしてはいない。

 その後、2人は警察から、蒼の遺体が見つからない事を聞かされた。


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