長い夜(二)-8
遼子は言われたようにベッドに戻ったが寝つけるわけもなかった。
(佐伯さんの・・彼のベッドなんだ。また彼に助けられたんだ・・。それにしてもここが佐伯さんの家・・家に連れて帰られたなんて・・・)
まるで信じられない現実に戸惑いつつも、鼓動は喜びで増すばかりだった。このまま心臓が過労死してしまうかもしれないと思うほど高鳴りはおさまりようもなかった。まだ明けない夜の暗がりで遼子はただ夜明けを待った。
ぼんやりと明かりが差してきた部屋は、確実にまだ家主当人のことすら何も知らない遼子にいきなりプライバシーを見せ付ける。
戸惑いながらも遼子は起きだして服装と荷物を整えると、自分の名刺のうらにメモをして整えたベッドの上に置いた。
(何時になっても構いません。必ず連絡ください。お願いします)
佐伯を起こさないようにそっと忍び足でリビングを出ようとした遼子に一つのフォトスタンドが目にとまった。
佐伯が眠っているのを横目で確認しながらそっと写真に近づいて見ると、そこには佐伯と美しい女性が親しげに寄り添って笑顔を見せていた。
遼子の心臓は一瞬止まりそうになった。
彼とたぶん、いやきっと彼の妻だろう。予測出来ないではなかった。
だが、今この部屋の雰囲気は家庭という感じではない。事実、遼子を連れ帰り、自分のベッドに寝かせているということは妻の存在を、少なくともここでの存在を感じさせない。
複雑な思いに心を乱しながらも、とりあえず早く姿を消したかった。
佐伯が目を覚ます前に。
幌馬車で気を失ってからどうやって佐伯に連れてこられたのか、しかも彼と二人きりなのに下着姿にされてるということは、脱がせたのは彼に違いない。どう考えても、今、合わせる顔などなかった。
遼子はそのまま静かに部屋を出ると、見慣れない街を早足に過ぎて、タクシーを拾った。