長い夜(二)-3
翌日のイベントに佐伯は現れなかった。幾度となく会場入り口に目をやり、大勢の中に彼の姿を探している遼子がいた。
「どうした?何かあったか?」
いぶかしげに高橋に言われて初めて気づく、自分の落ち着きのなさに。
「いいえ、大丈夫です。何でもありません」
「気を抜くなよ、もうすぐ締めの挨拶だぞ」
高橋はそういうと、例年の挨拶のタイミングを知らせに社長のところへ人ごみをすり抜けるように消えていった。
その日も無事にイベントは閉会された。二次会に向かう高橋を見送って、一人解放された爽快感をも味わえないほど佐伯に会えなかったことが無性に遼子の胸を痛めた。
そんな痛みも翌日からは忙しさにかき消されることになる。
実感がないほどの月日の流れの中、三度目のイベントの年には遼子自身がチーフとして任命された。
高橋は春から新店舗へ主任として転勤して行ったのである。
「お前ならやれるよ。推薦しておいたから、頑張れよ」そういって肩を叩いて励ましてくれた。高橋にも報いたいという思いで、遼子は例年よりも一層走り回った。
高橋にとって遼子がいたように、助手として後輩の佐野容子がつけられた。
ただ、高橋の下では自由に走り回れたものの、いざ自分が後輩を育てるという立場になってしまうと、自分で動きたいところを抑えて、容子を経験させなければならない。
歯がゆい思いと、ジレンマでストレスは高まっていた。
それまでの遼子にも、日常に私生活の余裕などなかったようなものだが、まさに日々もてあますストレスを抱えるようになっていた。
そんな遼子の帰る場所は、ほとんど生活観のない閑散とした部屋である。職場からは自転車で40分、電車を利用すると駅までが10分、乗り換えなしの五つ目の駅である。
だが、雨の日以外は自転車を愛用した。交通費の節約と健康のために、それに何よりも風を感じて季節を感じて思考を研ぎ澄ますその40分は、遼子にとって貴重な癒しの空間でもあった。
遼子はその年には25歳になっていた。留守電には毎日のように欠かさず母親からのメッセージ履歴が積み重なっていた。
当然、縁談についても遠まわしに探りをいれられる。はっきりと返事をしたほうが面倒がないことも分かっているのだが、そんなことを考えることすら、すでに面倒になっていた。
男が面倒なのではない。佐伯のことはずっと心に引っかかっているし、仕事関係の男性陣からの受けも悪くない。
社交辞令としか思っていないので間に受けはしないが、
「食事にいこう」「休みはどうしてるの」「彼氏はいるの」など頻繁に声が掛かる。
ただ、愛想笑いだけでその場をごまかすことにも慣れてしまった。