長い夜(二)-2
「お疲れー!」
「明日、よろしくね」
スタッフたちがそれぞれ解散していく中で、遼子は最後の確認をして会場を見渡していた
「今年も見事だね、明日の成功を祈ってるよ」
後方から声をかけられて驚きながら遼子は振り返った。立っていたのは佐伯裕輔だった。
まさか、という驚きで目を丸くしたまま言葉をなくしていた。
「驚かせた?ごめん。たまたま呼び出しがあってね」
佐伯は人差し指を天井に向けて、ちらっと視線を上げた。ビルの階上は西中建設の系列会社も入っている。
「ん?」佐伯は予想以上の遼子の驚きに不思議そうに首をかしげた。
「あ・・いえ・・あの・・・その・・。」
遼子はつい今さっき、佐伯のことを思い出していた自分を見透かされるのではないかという、
ありえない不安と、昨年の失態を詫びるべきかと頭の中が突然の再会に混乱してあたふたしていた。
「あ、例の件なら・・・」
佐伯が周りを見回して人気がないかを確認しながら、いたずらな笑顔と視線を遼子に向けて、人差し指をそっと唇にあてた。
遼子はもう誰もいないことを知っていたが、佐伯の気の回しように温かい感情がまた胸に満ちるのを感じた。
そして、ペコリと小さく頭を下げるとにっこり笑った。
「今夜はちゃんと寝ておくんだよ。明日、がんばってね」
佐伯は片手を軽く上げると微笑みながら去って行った。
遼子は翌日のイベントで佐伯に会えることを期待していた。来る予定をしているのか尋ねなかったことを後悔した。
小さくなる後姿が見えなくなるまで見送ってしまっている自分に気づき、我に返って、さらにサッと血の気が引いた。自分の姿にである。
(ありえない!絶対ありえないよぉー、この格好!)くたびれて薄汚れた自分の姿にしこたま落ち込んでから、どうして自分がそんなに落ち込んでいるのか、ふと考える必要があることに気づいた。
佐伯にみっともない自分を見られたことにそんなにショックを受けるとは、自分は佐伯のことをどう思っているのか。
佐伯にどう見られたいと思っているというのか。
佐伯の年齢を考えてみたが正しい答えはしらない。
佐伯のことは何も知らなかった。知りたいという欲求に駆られたが、そんな情報を得ることは意識してしまっている今では難しいことのように思った。
西中建設の部長であり、遠い人。
たぶん、いやきっと結婚しているはずだ。そうであって不思議はない年齢でもある。
そこまでたどり着くと、落ち込んだ気持ちすらむしろ無駄であると、気落ちしたまま自分に言い聞かせた。
そして、明日の本番へと気持ちを切り替えた。