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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-9--2

 三学期が始まり、慈愛は学校に登校した。
 正月明けの浮かれた感じと気怠げな感じが混じり合った雰囲気の中で、担任はいなかった。安土俐美〈あづちりみ〉が板書の手を止め、慈愛に小声で囁いてくる。
「先生、どうしたんだろね」
 親友の呟きに慈愛は答えられない。葉月先生は休みをとったことになっており、別に臨時の担任があてがわれた。
 母が何か学校に言ったのかもしれないが、多分そんな必要はない。学校側は教師が無断欠勤で連絡が取れないことなど生徒には知らせないだろう。ならば関わりがあることをわざわざ示唆する必要などない。
「駆け落ちかなぁ」
「ないないそれはない」
「分かんないよー。真面目な先生だもん」
「いや、それでもないって」
 親友の勘は鋭い。どうしてかと訊くと、当たり前のように、
「女嫌いだもんあの先生」
 断言した。ポカンと間抜けに口を開けてしまった。
「……え、そういう趣味?」
「ぷっ」
 慈愛の間抜けな顔がよほど面白かったのか、本人は抑えてるつもりでも明らかに笑い声が漏れた。
「安土さん、この場合xは?」
 見咎める代わりに当ててくる教師も意地が悪いが、まあ私語の声も大きくなりすぎたから無視出来なくなったのだろう。「xは4、yは−1」と見つからないように教えて貸しにしよう。
「正解。けどおしゃべりは聞こえない程度にね」
 しかしどこ吹く風とばかりに少し経つとまたおしゃべりは再開される。
「先生ってホモなの?」
 少し不機嫌な声になる。慈愛は恋愛や性の話にかなり抵抗感があった。その抵抗感が自らの淡い気持ちに気付かせないことを、慈愛はまだ知らない。
「いや、女性恐怖症っぽくない? 女苦手そうじゃん」
 対して俐美はかなりませていて、既に恋人もいる。慈愛とは全く別の方向で、人の感情に鋭い面があるのだ。
「んー、んー」
 女性恐怖症という言葉は、葉月先生には合わない気がする。
 ただ。
 ひーくんもみーちゃんも知ってはいたけど。慈愛の《傷》に気付いたのは、葉月真司だけなのだ。
 慈愛の完璧に近い演技に気付いた。それは、もしかして。もしかしたら。
「……?」
 もしかしたら――何なのか。
 言葉に出来ない。もやもやと雲みたいに形が変わり掴めない。
 だから無視することにした。だって、そんなこと考えたって、この状況が変わるわけではない。もっと大事なことがある。
 今は母が《秘密基地》にいるから。母がどうするつもりか、慈愛には全然わからない。
 だけど――何故か“怖いこと”が起こりそうで。慈愛は歯がカチカチ鳴るのを周りに聞こえないようにするのに必死だった。
 《優しいお母さん》でずっといてくれる。そう約束してくれた。母は必ず守る。
 そして《優しいお母さん》の優しさは、子供である慈愛にしか向けられない。
 それで十全だった筈なのに。
 母が“一番”大切。それだけが真実だった筈なのに。


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