逃げ出しタイッ!?-57
「まさみ……」
けれど、抱き寄せられたとき、それに応じてしまう。
「や、やだ、離してよ。せーえきくさい! ってか、苦しい! 射精しながら、抱きつかないで。キモイ!」
彼の背中は思ったより大きい。そして暖かい。力強く、頼りがいがある。
「嫌だ、離さない。君が、そんな、強がり。俺が、絶対幸せに……する。これから先、君を守る。約束する」
「何が守るよ。貴方なんて、ズボンの上から触られて射精するヘンタイでしょ? せいぜい私がレイプされた場面でも想像して、自分で処理してよ。もう離して!」
「雅美ちゃん。好きなんだ。離れたくない。お願いだ。気持ちを聞かせてくれよ」
「もう、うざいってば! 離せこの早漏!」
襟首が変形するぐらいきつくつかみ、肩口で咽ぶ。
「俺は、雅美ちゃんが、君のこと、ずっと……」
「人のことで泣くな。キモイっつうの! あんたの今の姿見たらみんな幻滅するよ。
こんな隆一君見たくないってさ! 私だって、私だって……」
男の涙が雅美の肩口を湿らせると、彼女の瞳も決壊する。
「雅美、君だけを……、思ってたのに」
「思ってた、だけじゃない……、そんなの私だって……」
抱擁が緩くなり、お互い距離をとる。ただし、あくまでも物理的に。心理的には……。
見詰め合うことしばし。お互いにウサギの目。視線が交差して、一瞬笑い合い、すぐに泣き顔に戻り、そして引力。
「……ん、ちゅ……?」
「……ん、ふぅ……!」
初めて触れる感触は乾いていて、どこか甘ったるく、スポーツ飲料の科学的な匂い。
目は瞑らず、彼を見つめたい。
けれど自然と瞼が重くなる。
眠い。のに、背伸びする体は重くない。
背中に回った手が体重の半分を支えてくれるから?
両手は彼の胸に移動させて、少し照れたように拒むフリ。
けれど、彼の目が、離れるのを許してくれない。
息が苦しくなっても、鼻でゆっくりと呼吸。
彼の汗臭さ。
こんな距離でようやく感じられた。
それを肺に一杯吸い込んで、下唇を噛んであげる。
少し血が出たようす。それは雅美の唇にもつく。
「えへへ、残念賞はキスね」
「キス……?」
眠気は彼にも伝染しているようす。それでも唇にある痛みに正気を取り戻す。
「ファーストキスだった?」
「そうだけど」
「私にとられちゃったね」
「ああ」
ほんの数秒。涙が乾くには少し足りないらしく、まだ濡れている頬が物悲しい。
「えっと、なんかさ、私も初めてみたい。キスしたの」
記憶の中を紐解いても唇は許していない。
思い出してまた身体が熱くなる。
「そうか、なんか嬉しいな、俺」
「キスだけは守ってくれたね。隆一君」
「え?」
「君が、大切に守っていって」
「どうやって?」
「さあ? 考えて」
難題をひとつ。