やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑭-17
追加点を許したことで、バッテリーは注意力を欠いていた。 直也は、それを見逃さなかった。
これで１アウト３塁。外野フライでも追加点が入る。
芦屋中がタイムを取った。伝令と内野手がマウンドに集まった。
青葉中の選手達は、その様子を見つめている。
「加賀くんと勝負だよね？」
「…多分」
佳代も秋川も、相手の作戦を予測する。
内野手がマウンドから散っていく。伝令がベンチに戻り、プレイが再開された。
キャッチャーが立ち上がった。敬遠だ。
ピッチャーは、遠く外れたボールを投げる。加賀は、ネクストで片ひざを着いて、静かに光景を見つめていた。
達也が１塁へと歩いた。
加賀は、秘めたる闘志を胸に ネクストを立った。
その時だ。青葉中ベンチからタイムがかかった。
振り返ると、淳がバットを持って出てきた。
永井は、この回でセーフティ・リードを築く算段だ。
球場アナウンスが代打を告げた。加賀はベンチに背を向け、思わず唇を噛んだ。
ネクストに淳が近づいて来る。
「頼むぞスナオッ」
振り返った加賀は淳に笑顔を送った。
「絶対に打つからなッ！」
「ああ、ここで打てばダメ押しだ」
悔しさを胸にしまい込み、ベンチに下がると無言で佳代の向こう、秋川のとなりに立った。
秋川が薄く笑った。
「明日から出直しだな」
「そうだな…」
加賀はそう云ったきり、口を真一文字に結んだ。
淳が右打席に着いた。
地区大会では、幾らも打席に立っていないため、芦屋中にはデータが無い。
ただ、その体躯と、この場面で出てくるのだから並でないのは分かる。
初球は内角のスライダーを。２球目はさらに内角の真っ直ぐで腰を引かせ、３球目は一転、カーブで追い込んだ。
そして、４球目のサインをキャッチャーが送ると、ピッチャーは頷いてグラブの中でボールを挟んだ。
しかし、キャッチャーは気づいてやれなかった。投球数が１００球近くになり、握力が落ちていたことを。
ピッチャーが投げた。ボールは内角の真ん中寄り。淳は大きなステップからバットを振った。
キャッチャーはボールを見つめる。バッターの手前で急に落ちるフォークボール。
彼は三振を確信した。が、ボールは変化しなかった。
カン高い金属音を残し、打球はレフトに高々と舞った。
「ヨッシャア！」
打った瞬間、淳は右手を突き上げて雄叫びを挙げた。
それほど、完璧な手応えだった。
レフトは１歩も動かない。
ただ、頭上を越える打球を見送るしかなかった。
両翼１００メートルのフェンス向こうでボールは弾んだ。
まさに、勝負に出た永井の采配による成果だった。
「永井さんは、ひと皮むけたな」
喚起の渦が巻き起こる中、一哉はポツリと呟いた。