やっぱすっきゃねん!VM-12
「すまん」
乾はボールを掴むと、両手で表面を磨いて稲森に返す。
稲森はボールを受け取りながら、“気にするな”と笑顔を返した。
しかし、心の中は穏やかではなかった。
ピッチャーは精神状態が表れやすい。相手の攻撃を3人で終わらせれば、自らの勢いもつくし、自分達の攻撃にも弾みがつく。
だが、今回のようにエラーからランナーを出すと、モチベーションが萎えてしまい、それを再び高めるのはプロでも難しい。
案の定、次のバッターに左中間へヒットを打たれた。
2アウト3塁、1塁。達也が慌ててタイムを取りマウンドに向かった。
「どうした?さっきまで良かったのに」
「いや…何でもない」
問いかけに、稲森は笑顔を作る。が、その表情はぎこちない。
達也はミットで肩を叩いた。
「とにかく、もう1度気合いを入れろ。終わったことは忘れるんだ」
心情を察した達也の言葉に、稲森は頷いた。
プレイが再開された。バッターは2番。出来れば、クリーン・アップには繋ぎたくない。
(初球はこれで…)
サインの後、達也は真ん中低めに構える。稲森は頷き、セットポジションから投げ込んだ。
ボールは真ん中低め。バッターはバットを振り出した。が、ホーム出前から内角へスライドし、バッターの足元に落ちて空振りした。
2球目は外から巻き込むカーブでストライクを取り、俄然、ピッチャー有利になった。
達也の中では、外に外して内角高めで勝負という図式が浮かんだ。
3球目は外角低め。稲森は早いモーションから投げた。
だが、思ったより内に入ってしまった。
バットが達也の視界を遮る。鈍い音が響いた後、打球がライトに飛んだ。
(きたあァッ!)
空に舞ったボールに向かって佳代は突っ込む。にじむ視界に捉えた白い球は、急激に下へと落ちてくる。
(ダメだ。間に合わない)
その時、遠くから叫び声が聞こえた。
「カヨォーーッ!サードに投げろッ」
セカンド森尾の声。佳代はスパイクの爪で芝を掴み、ブレーキを掛けた。
数メートル前でボールがバウンドした。ステップさせた身体でボールを掴み、勢いを生かしてサードへ全力で投げた。
鋭く低いボールが、一直線に乾のグラブに収まった。
1塁ランナーは2塁を蹴って3塁を陥れようとしたが、佳代の肩がそれを許さなかった。
「ナイス送球、カヨッ!」
守備を終えて帰ってくる仲間は佳代を称えている。