僕とあたしの海辺の事件慕 最終話「色褪せても大切な日々……」-1
◆◇――◇◆
目が覚めたとき、真琴は少しだけお腹が痛かった。
理由は澪の右足。寝相の悪い澪は彼のタオルケットを奪いすーすーと寝息を立てていた。
「澪ったら……」
昨日は不安一杯だった彼女も今は安らかな寝顔。自分は一夜のナイトを演じられたのだと悦に浸りたくなる。
「でも……」
不安の種は既に芽吹いている。ならばそれを刈り取るのが自分の役目。
真琴は澪を起こさぬようにそうっとベッドから降りると、そそくさと着替えを済ませて部屋を出た。
**
食堂に行くと早朝の散歩から戻ってきたのか久弥がタオル片手に牛乳を飲んでいた。
腰に手をあてぐびぐびと呷る様子はまだまだ元気な働き盛り。とても引退を視野に入れた風には見えない。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「あの、ちょっといいですか?」
「ん? なんだい?」
「どうして島津さんを警察に引き渡さなかったんです?」
美羽の知り合いとはいえ、不審騒ぎを起こした人物であるのは事実。大事にしないまでも、ペンションに一泊させる理由は無いのだし。
「それはじゃな、まあ、その美羽君とどういう関係なのか知りたくてな」
「美羽さんと?」
美羽と文宏がどのような関係であってもそれは当人達の問題であり、雇い主である久弥がそこまで口を挟むべきことでもない。
「うむ。美羽君はちょいと事情があってな。その、両親が事故でね……」
「はあ」
「それでおばあさんと二人で暮らしていたそうじゃが、まあ、ワシのスケベ心みたいなもんじゃな。はっはっは……」
高らかと笑う久弥は喜色満面な笑顔だが、どこか無理をしているのか視線がいつになく真琴から逸れる。
――スケベ心って、もしかして久弥さんは美羽さんを?
不埒な妄想と思いつつ、もしそうなら文宏を一泊させる理由も無く、別の意味での不審感を強めてしまう。
「……あ、真琴! もう、どうして勝手にいなくなるの!」
半開きになっていたドアから澪の声が刺さるように響く。彼女は早足でやってくるととりあえず一発小突く。
「もう、心配したんだから。真琴が幽霊に……」
「ゴメン、澪」
ちょっとだけ目が赤くなっているのは涙のせいだろうか? だとしたらそれは嬉しくも胸が痛いこと。