僕とあたしの海辺の事件慕 最終話「色褪せても大切な日々……」-9
「へえ、本当に浮いてるわ……」
「まあ簡単に言えばただの胡桃の欠片ですからね。浮いて当然です」
「ふむ、それでは積荷でも載せてみるか」
イタズラ心を失っていない老人はテーブルシュガーを片手に胡桃の船にパラパラとまく。
粉雪のような砂糖は見る見るうちに胡桃の船に山を成すが、それでも何とかバランスを保っていた。
「へえ、意外としぶといわね。それじゃあもういっちょ!」
今度は理恵が塩をまき始める。すると右へ左へとふらついていた船はやがてバランスを大きく崩し……、
「あーあ、沈んじゃった……」
「そりゃそうですよ……」
「ふむ、理恵よ。ちゃんとそのコーヒー飲むのだぞ? ワシは食べ物を粗末にするのはよくないと思うのでな」
「それならおじい様だって砂糖をたくさん……」
「いや、最近糖尿で引っかかってな、それで砂糖は控えておるのじゃ。それともなにか? 理恵は老い先短いワシに糖尿になれとでも?」
ニヤリと笑う久弥と唇を噛む理恵。真琴にしてみれば理恵がやり込められるという新鮮な状況に驚きを隠せない。
「あ……」
真琴のため息にも似た一言で一瞬の間が空く。
「すみません、ちょっと僕行ってきます!」
突然席を立ったせいで椅子が後に転んでしまう。真琴はそれを急いで立たせると、テラスから外へと走り出す。
「ちょっと真琴君! コーヒーは?」
甘くなりすぎた胡桃フレーバーのコーヒー片手に理恵が彼を呼び止める。
「二日酔いに効きます!」
返事は例によって例のごとく。
▼▽――△▲
「理恵さん、出来たよ〜」
頬にゴマの粒を付けながら食堂へやってきたのは澪。テーブルには黒ずんだティッシュと濡れた胡桃、そして「あまじょっぱい」と言いながらコーヒーを飲む理恵がいた。
「こんどはなにかしら?」
「もうお昼だからってゴマダレの冷やし中華。これもあたし手伝ったの」
続いてやってくる美羽が運んできたのは涼しげな透明な器に載せられた冷やし中華。きざみキュウリと錦糸卵、剥き身のエビとほかに香ばしい香りのするゴマダレが食欲を誘う。
「へえ、おいしそうね」
「あれ? 真琴は?」
「ん? ああ、真琴君なら外に行ったよ。なんだか急いでたみたいだけど」
「ええ、こんな雨の中? もう、真琴ってば何考えてるのかしら。……いいわ、もう食べちゃいましょう」
澪が手を合わせようとすると、既にお箸片手にずるずると麺をすする久弥の姿があった。
老人曰く、「たいむいずまねー」らしい。