僕とあたしの海辺の事件慕 最終話「色褪せても大切な日々……」-5
◆◇――◇◆
夕食に比べるとずっと簡素な朝食を終えると、ぽつぽつと雨音が響いてきた。
「えー、雨〜……。せっかく泳ごうと思ったのに……」
「あーあ、残念だわ」
「まあ、天気雨じゃろうからすぐ上がるじゃろ。それまでの辛抱じゃ」
「私辛抱とかそういうの苦手……」
テーブルクロスに指を走らせてつまらなそうな態度を示す理恵。すると再び食堂のドアが開き、前掛けをしただけの公子が茶色い石ころのようなものを持ってくる。
「暇なら手伝ってくれる? 胡桃がたくさんあったから、それを割ってほしいのよ」
「え〜、そんな〜」
「あ、あたし胡桃好きなんです。お手伝いしますね〜」
あからさまに嫌な顔をする理恵を尻目に、澪はひょいと前に出てかごとカナヅチを受け取る。
「澪ちゃん、胡桃好きなの?」
「はい、胡桃のパンとか香ばしいし、ちょっぴり渋みがあるところが大好きです」
「ふうん、大人ねえ……あ、そっか、大人だもんね」
「う、うるさいです」
理恵のからかいの声に耳まで真っ赤にして俯く澪は、道具を受け取るとそのままテラスへと出て行く。
「あ、澪、僕も……」
「そういえば真琴君とやら、絵の秘密は分かったかね?」
後を追おうとしたところを久弥に止められる。代わりに理恵が澪の隣に腰掛け、面白そうにかなづちを振るい始めるが、どうも出遅れたらしい。
「はい、それはその……まだ全然……」
「そうか」
無い髭をさするのはクセなのだろう、久弥は遠い目をしながらただ黙りこくっていた。
「でも、あの絵はどこを描いたんです?」
ひとまず話を合わせようとする真琴。
「うむ、実のところ言うと、ワシも覚えておらんのじゃ。確か窓から見える景色を描いたはずなのじゃがのお」
久弥は腕を組むとそのまま感慨深く「ふう」と息をつき、昔を思い出すように目を閉じる。
「窓からですか。でも何で海を描かなかったんですか? 御前海岸は綺麗な海なのに」
「ふむ、そういえばそうじゃの。多分、海は見飽きたとかそんな理由じゃったかもしれん」
「見飽きた? ああ、なるほど、絵はここに入院していた人に描いたんですよね。
いったいどういう人だったんですか?」
「それはじゃな……ふふ、とても美しい人じゃった」
にやりと笑う久弥は到底齢六十六の老人には見えなかった。