僕とあたしの海辺の事件慕 第二話「不可解な出来事、しばし」-35
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「もう! 人のことを馬鹿にして! 大体声が出たぐらい怖いわけないじゃない!
いい? 真琴が暇そうにしてたから教えてあげただけで、本当は全然怖くなかったんだからね!」
「さっき聞いたよ」
ベッドの上でヒナ座りをする澪に台所から拝借した麦茶を勧める真琴。
澪はそれを「ありがと」と受け取り、ごくごくと飲み込む。どうやら怒りと恐怖に喉の渇きを忘れていたらしく、コップは見る見るうちに空になっていく。
「うん。でも……」
「でも?」
「誰が犯人なんだろうね?」
「え?」
「だってさ、幽霊の声を出す方法はあれでしょ? でも誰がしてたの?」
一難さってまた一難。もしあの行為が人為的なものであれば、実質人為的なものであるのだが、それはつまり誰かが自分達を怖がらせようとしていたということ。
つまり、ペンションの中にも不届きな者がいるということだ。
「え、え、え、それって弥彦さんを突き落とした人と関係するかな?」
「わかんないよ。だって外で突き落とされたんだし、そうなると犯人の対象は御前海岸にいた人全員だもの。ただ……」
「ただ?」
言葉尻を濁す言い方はいらいらするが、今は心の準備ができるだけましというも
の。もし、とりとめもなく不安を煽る言葉を並べられたら、眠ることすら拒否したくなるかもしれないのだから。
「突き落としただけじゃないところを考えると、突発的な犯罪とは思えないよ」
「どういう意味よ」
「あのね、弥彦さんが見つかった場所は落下地点より少し離れた岩場なんだ。でも弥彦さんは動けない。つまり、誰かが弥彦さんを岩場まで運んだってこと」
「それが……」
大体予想はつく。けれど、それを言葉にしたら不安がやってくる。出来れば彼に否定してもらいたい。そして、安心させてほしい。
「そういうことをしないといけない何かしら理由がある人って限られてくると思うよ」
突発的犯罪を否定する意見に目の前が暗くなる澪。もちろん、これは真琴の推測の域を出ていない。けれど彼の予想というべきか推理は高確率で当たる。それも悪い方に。
「帰りたい……」
肩が重い。幽霊の仕業ならどんなにいいのだろう。しかし、今現実を脅かすのは幽霊を思わせるいやがらせと、一歩間違えれば命に関わるかもしれないことをやってのけるものと屋根を一つにしているということ。
海でのひとときは楽しかったが、それを帳消しにしてお釣りがくるほどの恐怖。
溜めていた涙が零れるのも時間の問題だった。
「……なかないで、澪……」
それを指でそっと拭いてくれたのはささくれのある指筋。
昨日は恥ずかしいことさせられたが、少しの動作でどうしてここまで優しさをくれるのだろう?
「だって、真琴……」
涙が零れてしまうが、後悔は無い。
この頼りない幼馴染を、少し大人の男にしてあげるハードルみたいなものなのだし。