僕とあたしの海辺の事件慕 第二話「不可解な出来事、しばし」-17
「夜になるとこの高さまでは潮がくるから、今歩けても夜は水の抵抗とかあるし、一人ならともかく誰かを抱えてなんて無理よ」
彼女の指摘はもっともで、第一、彼女は弥彦よりはるかに軽い。もちろん真琴の腕力の低さもあるが、それでも運べるとは思えない。
「ねえ、こういうのはどう? 崖から突き落とされた弥彦様は波に攫われて、そのまま岩場に流れ着いたとかさ……」
名案とばかりに目を輝かせる紗江に、真琴は即座に首を振る。
「それは無理だよ。どこへ流されるか分からないのに、どうして海へ行くの? 足も動かないのにさ」
「ぶー、それじゃあ真琴君はどう考えるの? 絶対に運ぶなんて無理よ」
頬を膨らます彼女を前にそれを突いてみたいという邪な衝動が起こるが、今はそれどころでもない。
「でも……」
代案も無く、裏づけも無い。けれど他に考えられない。だから引き下がれない真琴がいる。
「じゃあさ、もう一度夜に来て見る? そうしたら無理だって分かると思うよ」
自説を即座に否定されたのが悔しいのか、紗江はムキになって抗議しだす。
「そうかなあ、でも、そうしようかな……」
一方、自信が揺らぎつつある真琴も夜の海での検証が必要と思い始め、それに頷く。
「決まり! じゃあ夜の……八時にガレージで待ち合わせね!」
「え? 紗江さんも来るの?」
「だって、一緒に検証する相手が必要じゃない?」
「いや、それは……澪がいるし、紗江さんに悪いから……」
「そう? じゃあさ、もし澪さんがダメだったら、私と一緒に行こうね? ね?」
「まあいいですよ……」
なお食い下がる紗江に首をかしげながらも真琴は軽い気持ちで頷く。
「嬉しい!」
「わ、そんなに抱きつかないで……」
ひしっと抱きついてくる紗江が舌を出して笑っているのは、真琴の視線から隠れてのこと。当然彼は彼女の思惑に気付いていないわけで……。
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真琴がペンションに戻ると、応接間のドアから澪が顔を出す。彼女はトランプ片手に仲間に入れと手を振る。けれどオシャレな格好をした紗江が彼の後ろにくっ付いているのを見ると、途端に眉間に皺を寄せて低い声で喋り始める。
「真琴、なんで紗江さんと一緒にいるの?」
「あ、澪、違うんだよ。紗江さんとは岩場で……」
「岩場で二人きりで大切な話をしてたんです」
弁明を試みる真琴をあざ笑うかのように紗江は彼の右腕を強引に取り、にこやかに誤解させるようなことを話す。
「な、紗江さん、そうじゃないでしょ、僕は別に……」
後ろめたいことなら他にもあるが、紗江とは特に何も無い。だからこそ慌てる真琴だが、それは逆に澪の癇に障ったらしく……、
「そう……そうなんだ。真琴は……ふーん。ま、いんじゃない? 紗江さんと楽しくしてればさ……どうせあたし達はただの幼馴染。なんていうの? 門出を祝してあげるわよ」
冷静を装う澪だが、こめかみはピクピクと脈打ち、手にもったカードはぐにゃぐにゃと歪んでいる。