僕とあたしの海辺の事件慕 第二話「不可解な出来事、しばし」-16
「ペットって……、でもそういう理恵さんだって彼氏……」
「楓のこと? うふふ、アイツはまあ、便利な男よ。ただ、最近は私のありがたみを忘れたっぽいし、ちょっとお仕置きしないとね……」
柔道、空手、合気道の有段者である彼女が言うとそれは冗談に聞こえず、夏の終りに待っているであろう長身の青年の悲劇に胸を痛めてしまう。
「いいですね。みんな彼氏がいて……」
ペアが揃わない美羽は眉間に皺を寄せて「むぅ」と唸る。実年齢は聞いていないが、どこか仕草が子供っぽく、そういう彼女だからこそ「行動力」のある「周りをふりまわしてしまう」彼氏がつくのだろう。
――あたしの場合、どうして真琴なんだろ……?
アイツがだらしないから。
アイツが頼りないから。
あたしが守ってあげないと……。
少し前まで並べていた文句が最近出てこない。
それが悔しくも嬉しくもあった。
◆◇――◇◆
太陽はまだ天高く上っており、潮も浅い。
崖下から岩場までは十数メートル。
波が岩肌を洗うも、道が見え慎重に歩けば紗江をお姫様抱っこしても充分にたどり着ける距離だ。
「こういうの、なんか素敵ですね。愛の逃避行みたい」
ドラマに影響されやすい体質なのか、紗江は嬉しそうに言う。
「はは、そうですかね……?」
これはあくまでも検証に過ぎないのだが、彼女の中では台本でも作成されているのか、しきりに夢見がちな台詞を呟く。
「でね、ヒロインの私はお金持ちのお屋敷でこき使われるメイドなの。真琴君はお客さんでやってきたんだけど、私の境遇に同情して、ついには駆け落ちしちゃった
り!」
お姫様抱っこされる紗江は真琴の首に回した手に力を込め、身体を擦り付けるようにしがみ付く。
「ちょ、紗江さん、そんなにしがみ付かないで……」
「あら、紗江の身体じゃ不満かしら?」
くいと顔を近づける紗江。風に煽られるカールした髪と、ラメ入りのピンクの口紅、日に焼けていない白い素肌が魅力的。さらには悲しそうに歪む眉のわりにどこか真琴の反応に笑いを堪えている口元が大人の女性の余裕を見せていた。
「そうじゃなくて、そんなにしがみ付いたら検証になりませんよ。弥彦さんが犯人に協力するわけないし……」
そもそもの目的はあくまでも「人を抱えて岩場へ向うことができるか?」。しかし、今この状況は「愛の逃避行」。
もし暗い海で誰かに攫われそうになったとして、どうして相手に身体を預けることができるのか? 真琴はこの検証の無意味さを感じ始めていた。
「でもさ、弥彦様が運ばれたのって夜でしょ? 今よりもっと潮が高かったんじゃないの?」
「え?」
「ほら、岩肌みてよ……」
言われて見ること数十秒。真琴の膝ぐらいの高さにフジツボの化石のようなものが生えそろい、昆布なども張り付いていた。