僕とあたしの海辺の事件慕 第二話「不可解な出来事、しばし」-13
「……でも命に別状がなくてよかったですね」
「ああ、君に感謝しているよ。本当にありがとう。あのとき崖の上で手を振る君を見たとき、神様はいるんだと思ったよ。これも日頃の行いか、それとも……」
長くなりそうな自分語りに、澪は「面倒なスイッチが入った」と思う。ただ、一方で幼馴染のお手柄に少しだけ鼻が高くもあった。
「なあ父さん、俺は弥彦を病院に運んでくるよ」
「うむ、そうじゃな」
和也は携帯電話と車の鍵を手に弥彦に肩を貸す。
「おい、兄貴、それは無いぜ、まだ絵の謎……」
「まだ言ってるのか? そんな何十年も前のもの、見つかりっこ無い……あ、いや、理恵達が探してくれるさ。それでいいだろ?」
父を前に言葉を間違えたと舌打ちする和弥。けれど当の久弥もそれは承知の範囲らしく、特に何も言わない。むしろ息子の怪我の方が思い出よりも大切なのだから。
「いや、そうじゃなくて、俺が見つけないと、ペンション……」
「あのなあ……」
こんなときにも相続のことをあきらめない彼に、和弥は複雑な表情で弟を見つめていた。
◆◇――◇◆
病院へ行くことが決まっても弥彦はかなり抵抗をしていた。仕方なしと和弥は彼の痛がる右足首を軽く蹴り、強引に車に乗せる。
後のシートに乗せられた彼はしょんぼりしながらも抵抗を止め、代わりに真琴を呼ぶ。
「……今回のこと、本当にありがとう。もし君が就職に困ったら是非ウチに来てくれ。悪いようにはしないし、そのころには俺が社長になっているからさ」
「何を言うとるか……」
半ば呆れ気味の久弥はまだあと十年は現役とばかりに杖無しに歩いてみせる。というか、今朝も杖を突かずに砂浜を散歩していたのだが……。
「はは、そうかもな。だが、絵のこと……頼むよ……そういうの抜きにさ……」
一瞬寂しそうになる弥彦に、彼が相続のためにだけ謎解きをしていたのではないと知る真琴。
「はい。分かりました」
薄い胸板を叩き、再度調査に赴くことを誓う真琴に弥彦は「よろしく」と目を瞑
る。
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……が、真琴が今一番気になるコトは絵の謎ではなく弥彦の件。
彼は昼食を終えると海に誘う理恵を断り、一人で例の崖と岩礁地帯へと向った。
崖を慎重に探すもそれらしい痕跡は見つからない。けれど、崖下に下りると千切れた白い布と、岩場に生えたフジツボの隙間に土の付いた新しい雑草を見つけることが出来た。
――ここで落とされたんだ。
周囲を見ると波は激しいものの、水辺は膝下十数センチ程度の深さしかなく、充分に歩けることがわかる。
――でも弥彦さんが自分で歩いたわけじゃないし、そもそも浜辺と逆方向に行く必要もないよね。
岸壁沿いに歩くこと数分、灯台から見下ろしたあの岩にたどり着く。
その岩場はリゾートビーチや沖から見えにくい場所にあり、それは真琴にある仮説を立てさせた。