僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-1
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理恵に案内されてやってきたのは御前町と呼ばれる海沿いのリゾート地。
夏は御前海岸夏で海水浴、秋は後峠で紅葉狩り、冬は海産物を売りに忘年会、新年会を呼び込む。春には植林された桜がちらほら咲くらしく、一年中賑わいでいる。
「へー、綺麗な場所ですね……」
電車の外に見える大海原にため息をつく真琴。その隣では澪が車内販売の青みかんを頬張り酸っぱそうに口をすぼめている。
「うん。景色もいいし、それなりに遊べるわよ」
理恵の差し出すパンフレットには貸しボートやボード、キャンプセットなどが謳われており、かなり力が入っていた。
昭和の中頃までは人気の少ない閑散とした町で、空気がよいことから療養所がある程度だった。しかし、道路整備に端を発し、ギャンブル好きの町長が町全体をレジャー化するという賭けに出た。その目論見が見事に当たり、今に至ったらしい。
「ふーん、どれどれ……」
真琴がパンフレットをみていると澪が横から手を伸ばし、それを奪う。代わりに食べかけのみかんをくれるが、食べようとすると膝を抓る。
「ふふふ、二人って仲がいいわね。本当に付き合ってないの?」
「ええ、あたしと真琴はただの幼馴染ですから」
澄ました顔で言う澪に切なさを覚える真琴。あの日、互いをお互いのモノと譲らなかったはずが、今はどうして関係を否定したがるのか?
遠くで聞こえるウミネコの鳴く声に耳を傾けながら、真琴は彼女の気持ちを量りかねていた。
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御前駅からタクシーに乗り換え、目指す先はリゾートホネオリ。最初に理恵から聞かされたときはセンスを疑ってしまったが、「骨が折れるまで遊べるから」という説明にさらに頭をひねる結果となった。それ以降はあまり考えないように努めていたが、ペンションを見て不思議な感覚に囚われる。
太陽を背にした建物は二階建てで、白を基調とした外観はどちらかというと殺風景。
明治時代の水銀灯のような灯り、板張りの目立つ外観が時代を感じさせる。
入り口近くのポストには鶏の形をした風見鶏があるが、壊れているらしく風が吹いても反応しない。
近くのガレージに車が二台留まっているが、他は閑古鳥。
「もしかして、あんまり流行ってないとか?」
ついつい小声で言う澪に、理恵は笑いながら答える。
「今週は親族と従業員だけだからね、お客さんは君達ぐらいかな?」
「そうなんですか。でも稼ぎ時じゃないですか? 今って」
「そうらしいけど、でももともとそんなに人が入ってるわけじゃないし、それにおじい様も趣味でやってるらしいから……」
趣味でペンション経営をするなど、庶民の感覚からすれば理解が追いつかない。
「理恵さんのおじいさんって何をしていた人なんですか?」
「んと、今も会社の社長ね。結構お金あるみたいだし……」
「へー」
真澄家別荘で理恵が他人の家ながら物怖じしなかったのは祖父の影響なのだろうか? といっても本人の家はあくまでも公務員の中流家庭。おそらく本人の生まれもっての性格なのかもしれない。