僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-9
「ちょっと真琴ったら、恥ずかしいわね……」
「ゴメン……えへへ」
戸が開くと美羽が串焼きの魚を持ってくる。塩の焦げた跡とカボスの爽やかな酸味に口腔内ではフライング気味な涎が溢れ、ついつい凝視してしまう。
「えっとこれはなんていう魚です?」
空腹を誤魔化そうと身近にいた美羽に質問する。
「えっとこれは〜、なんでしたっけ?」
しかし彼女は右上を見て首を傾げるばかり。
「それはスズキです。出世魚ですので縁起物でもありますよ」
和弥に渡しながらもう一人の従業員が答える。
「そういえば親父、一代の立身出世だからな……。なんつうか、記念日とか給料日のたんびにスズキ食ったけ」
昔を懐かしむように弥彦が言うと、和弥は「嫌いじゃないが、好きにもなれないってとこだな」と皮肉を言う。
「あら和弥兄様、私の料理に文句を言うつもりかしら?」
白衣とコック帽姿の女性が手を拭きながらやってきて、弥彦の下座に腰をかける。
三崎に「亮治さん、私にはロゼを」と言い、グラスをくゆらせて兄を睨む。
「いや、公子の料理に文句はないさ。ただ、クリスマスにスズキを食べるのもどうかってことさ」
「まあ、それはそうかもね……」
くいっと食前酒を煽る公子は二人と比べて一回り年下に見える。
「何を言ってるかと思えば……」
仰々しく扉が開くと久弥が杖をつきながらやってくる。しかし、昼間見たときはそんなものは持っておらず、今も足取りは軽やかで、どちらかというと杖の扱いにもたついているようにも見える。
「なんだよ親父、杖なんかついちゃって……」
「ふぅ……ワシも寄る年波には勝てんらしい。今はコレが手放せそうに無いんじゃ……」
「なら会社は? 社長はもう……」
「いや、それはまた別の話じゃ」
ぱっと額を……もとい表情を輝かせる弥彦に対し、久弥は剃り跡の目立たない顎を撫でながらしれっと答える。
「あきらめろ。父さんは死ぬまで現役だろうさ……」
手酌をしようとする弥彦にビールを注ぐ和弥は、どこか誇らしげに見える。
「でも父様、なんでそんな話を?」
そろそろ本題に入ろうと公子が先を促すと、久弥は急にしょぼくれた風を装い、声のトーンを落とし始める。
「うむ、実をいうとな、ワシも来年で六十六を迎える。見ての通りの老いぼれになりさがり、最近は死んだばあさんが枕元でおいでおいでをする始末じゃ」
「……どっちかっていうと「まだくるな」かもね」
小声で皮肉を言う公子に、弥彦は「違いない」と含み笑い。
「あの世に金はおろか会社ももっていけん。そこで事業を整理していこうと思っておる」
「まずこのペンションからってことですか? おじい様」
グラスにはウーロン茶が注がれており、残念そうに酒瓶を見ていた理恵が口を開く。