僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-3
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玄関を入ってすぐにある受付はホテルのような開放感がなく、金融機関や駅の窓口に似ている。また内装も地味、というよりも無骨で人の集まるペンションという感じがない。
――気のせいかな?
妙な匂いがする。思い当たるのは理科準備室が一番近い。
「あ、いらっしゃいませ〜こちらへどうぞ〜」
奥のドアが開くと引き立てのコーヒーの甘い香りが漂い、男性の話す声が聞こえてきた。それと一緒にピンクのエプロン姿の従業員らしき女性が現れ、間延びした声で案内する。
「あら、和弥おじ様に弥彦おじ様が来ていらしてたの……芽衣達は?」
「うむ。まあ、少し残念じゃったがな……まあ、受験じゃしょうがない」
話を聞くに理恵以外の孫がこれなかったのだろう。だからこそ、理恵が来たことに喜んだのかもしれない。
「お久しぶりです。理恵です……」
丁寧にお辞儀をする理恵を見ていると、今までの奔放さが嘘のように思えてくる。
もともとすらっとした長身と整えられた髪形のせいか真面目な印象が強く、猫を被ると綻びが見つからない。
――理恵さんてほんと悪い人だなあ……。
「相変わらずだな。理恵君」
眼鏡をかけた四十台半ばの男性は新聞を折りたたみ会釈する。ワイシャツにネクタイという企業戦士ないでたちの彼は、知的で物腰穏やかな印象がある。
「うふふ、何が相変わらずですか? 和弥おじ様」
「その態度さ」
どうやら見えないハズの大きな猫が和弥には見えているらしい。
「さあ? なんのことですか?」
上品に微笑む彼女が妙に薄ら寒い。
「理恵ちゃんか。見ないうちに大きくなったなあ」
一方おでこが目立つ男性は少し大柄で、しきりにハンカチで汗を拭いている。こちらはポロシャツに無理してLサイズをはいているのかぱっつんぱっつんのズボンが可哀想。すこし間の抜けた印象があった。
「いやですわ。もうとっくに成長期は終わってますことよ」
「はは、悪い悪い。どうも君の小さい頃の事を知っているな……。初めてここで来たときは……」
「弥彦おじ様、それ以上はなしたら怒りますわよ?」
「はは、理恵を怒らせると怖いからな」
弥彦は薄くなった頭を掻きながら「怖い怖い」と口をつぐむ。
「理恵さんがどうしたんだろうね?」
「気になるね……」
格好良い女性、強い女性を表面的に体現している理恵のちょっとした話に真琴も澪も興味津々。
「ふむ、それはじゃな……」
昔話は老人の特権とばかりに子供のような笑顔の久弥がこっそり耳打ちする。
「そこ、余計なことに興味を持たない、話さない!」
しかし、理恵の地獄耳はそれを見逃さない。ぴしゃりといわれた久弥は肩を竦めて笑っていた。