僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-23
「公子さんは料理が上手だけど」
「そうねえ、でもウチの父さんは普通よ。公務員だし……、イタタ……」
覚醒遺伝という言葉を思い出しつつも口には出さない。ただ、例の別荘で見た長身の青年の気苦労は、きっと今後も続くのだろうと人事ながら心配してしまう。
「理恵ちゃん二日酔いだったわね。えっとコーヒーに塩を入れると……」
昨日と同じくコック姿の公子が前掛けで手を拭きながらやってくる。
「それはもう試しました……」
ぴしゃりと手を返す理恵はコーヒーのお代わりをもらい、ミルクで冷ます。
「あれ、弥彦兄様は? まだ寝てるの?」
「ん、あそういえばいませんね」
周囲を見回してもそれらしき人影は無い。昨日は暴れいのししのようにペンションをひっくり返していた彼ならどこにいても目立つはず……。
「えっとお、朝起こしに行ったところ、既に部屋にはいませんでしたよ」
美羽は食器を片付ける手を止め、今朝の出来事を反芻する。
「多分、絵のことでも調べてるんでしょ? 弥彦兄様は良くも悪くもお父様の期待通りに動く人だし……」
手製のサンドイッチを抓む彼女は昔のことを思い出してか、含み笑いをしている。
「弥彦おじ様が?」
「ええ、勝彦兄様も和弥兄様も二人とも久賀商事への就職蹴ったでしょ? 弥彦兄様だけお父様の跡を継ぐってはりきっててね」
「へえ」
「それに今回の絵の事だって多分お父様……、あー、なんかこっちを見てる人いるけど……」
公子の視線の先には窓にべったり張り付く久弥の姿があった。
どうやら自身にまつわる話だと妙に耳がよくなるらしく、ひとさし指を口にあてては「しー」と口を横に開いていた。
「……お父様、お年のわりに子供っぽいところ残ってるからさ、たまに相手してあげないとすぐ拗ねちゃうのよね。理恵ちゃんも暇だったら謎解きのフリぐらいしてあげてね?」
「二日酔いが治ったら……。それまでは真琴君、お願いね……」
粥をずずずと啜る理恵はちらっと顔を上げ、熱心に携帯画像を見ている彼に手を振った。
続く