僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-21
「梓ともしたでしょ? 真琴……」
赦せないとは思わない。けれど、霧が立ち込める。
「うん……それはその……」
こんなに近い距離なのに、どうしても気持ちが遠い。
「真琴。あたしね、真琴のこと好きだよ?」
「うん」
「でもね、まだ少し、待っててくれない?」
「何時まで?」
「真琴が……もう少し頼れる子になったらかな?」
「それまでは?」
「んとね、幼馴染」
「そう……」
落胆する真琴はショぼけた様子で俯いてしまう。その様子に少しだけ可哀想に思ってしまう澪は、彼の濡れた前髪を払い、
「ちゅっ!」
「澪?」
「キスぐらい、普通でしょ?」
「うん。普通……普通だよ……だから……」
淡い恋心を装うキスは苦く酸っぱいもの……けれどそれでも求め合うことを止められなかった……。
◆◇――◇◆
枕が違うせいか、目が覚めたのは早朝と呼べる時間帯。他の人を起こしてはいけないと、真琴はしのび足で階段を降りた。
玄関の鍵が開いており、窓から見える陽射しが眩しかった。
まだ夜の涼しさがあるので、散歩するのに丁度よいと外へ出る。東の空を染める太陽は闇を剥ぎとり、ぐんぐんと昇っていく。
「ほう、真琴君とやら、朝が早いのう」
松林のほうからタオル片手に歩いてくるのは久弥。昨日はよる年波などと言っておきながら、早朝から浜辺を散歩とは、やはり食えない老人である。
「あ、久弥さん。おはようございます。散歩ですか?」
「ああ、ワシのライフワークじゃな。朝の海辺は格別じゃから、君も暇なら行ってみると良い。それじゃあワシは先にフロを浴びてくる……」
元気な老人は額の汗を拭い、そのままペンションへと向う。
「朝の海か、出来れば澪と……なんてね……」
昨日確かめあった気持ちはまだ心の中でざわめいている。興奮が抑えられなかったのが早起きの原因かもしれないと、未だ夢の中にいる澪が少し恨めしくもなる。
――いやいやいや、それより……灯台に行こう。
早朝の海もいいが、今は絵の謎を解くことの方が彼にとって魅力的であった。