僕とあたしの海辺の事件慕 第一話 「思い出のペンションは元病院」-2
「やー、理恵。よく来てくれたな。ささ、早く早く……」
玄関前でたむろしていると急に扉が開き、着流し姿とロマンスグレーに髪を染めた老人がやってくる。
「お久しぶりですわ。久弥おじい様」
「うむ、また一段と美しくなったな。死んだばあさんを思い出すわい」
「イヤですわ、おばあ様にはとてもとても……」
久弥は足取り軽やかに理恵に駆け寄ると、手を取り合って再会を祝す。
「ん? やはり勝久は来ないか」
「ええ、仕事が忙しいらしく、母も……」
「何が忙しいじゃ、税金ドロボーのクセに偉そうに。まあいい、可愛い孫がきてくれたんじゃ、オマケは必要ないわい」
親不孝な息子には厳しくある会社社長は孫には甘いらしく、顔が緩みっぱなしである。
「おっと、そちらのぼっちゃんじょうちゃんは?」
「はい、私のボーイフレンドです。葉月真琴君と、友達の香川澪さん」
息のように嘘を吐く理恵に驚きつつ、誤解されても困る。
「ちょっと理恵さん? いきなり何を言い出す……」
訂正を求める真琴だが、老人らしからぬ速度で久弥は彼に詰め寄る。
「ほうほう、君が理恵の……そうかそうか、まあなんだ、よろしく頼むが……」
一瞬目がキラりと光り、取った手に力が入る。
「悲しませるようなことがあれば、残念だが君にも不幸が訪れる」
口元は笑っているのに目は真剣そのもの。
「え、あ、いや……」
ひしひしと感じる握力に恐怖を覚えつつ、真琴はどうにかして誤解ととこうと必死になる。
「うふふ、冗談よ。彼は私の友達。ボーイフレンドは家の都合で来れなかったから、代わりに来てもらったの」
「なんじゃ理恵、人が悪いのお」
「それにそっちの子が彼女さんだから、滅多なことは出来ないわ」
「ふむ、しかし、理恵よ。年下の男は若さがあるぞ。若さがあれば元気も出る。元気があればそれに越したことはないぞ」
「そういうものですかね……」
祖父の強引な空気に圧され気味の真琴はたじろぐばかりで、若さを根拠とする元気を出せずにいる。
「時に少年よ。年上の女はいいぞ。年上ならではの経験から君の若さを諌めてくれる。こんなんを前にして、君を支え導いてくれるのはきっと年上の女じゃろう」
「そうですか……」
隣にいる一つ年上の女を見るも彼女は我関せずを決め込み、似合わない麦藁帽子を弄っている。
「じゃが、理恵と付き合うなら覚悟をなされよ?」
「は、はい……」
――楓さん、大変そう……。
黒くまっすぐな瞳は老人の皮を被るやり手の企業戦士であると、真琴は再確認した。